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死のクロスワード / 迷惑旅行 / 書物愛[海外篇] / 血族



---死のクロスワード---

by パトリシア・モイーズ

死のクロスワード

スコットランド・ヤードのヘンリ・ティベット警視はある出版社の社長から招待を受けていた。犯罪に関するスピーチを依頼されていた。会が開かれる直前、出席者と思われる者からクロスワードパズルの問題が送られてきた。解いて見るといずれも出席者と思われる者たちが犯したと思われる過去の犯罪についてのワードが当てはめられていた。

というところから物語は始まる。「孤島パズラー」もの、または「過去からの狙撃者」ものに分類されるミステリーである。

主人公の警視は「せめて妻のエミーといっしょに、すこしばかりくたびれてはいるけれども居心地の良いチェルシーのアパートでくつろいでいたい」と考えている家庭的な男である。

「ヘンリはかなりの年代物だが充分に手入れが行き届いている自家用車で、 朝早くポーツマスに向かった。天気はあい変わらず快晴で、波は穏やかで海原には白い帆が点々と浮かんでいた。まもなくディベット夫妻は島に上陸すると・・・」というところから舞台の幕は上がる。島というのはイギリス南部のワイト島である。

招待された7,8人の出席者の中から新たに被害者が発生し、警視は過去の犯罪と現在の犯罪の両方と向き合うことになる。

事件は本庁のスコットランド・ヤードに依頼されていないため、警視は個人の立場で事件を調査せざるを得ない。妻のエミーと一緒に休暇を利用しながらそれとなく調査することになる。

土地のひなびた旅館に滞在したり、風光明媚なワイト島を観光しながら活動する警視を追いながら、読者もイギリスの田舎を旅しているような気分になる。

チェルシーのアパート

チェルシーのアパート

警視は過去から繋がる長い鎖を徐々に解きほぐしていく。明らかになった真相は・・・。

明らかになった真相に驚くよりも、警視とともにイギリスの邸宅を訪問したり、そこでさまざまな人たちと食事をしたり会話をしたりするシーンが興味深かった。

(2022.1.18)



---迷惑旅行---

by 山口 瞳

迷惑旅行

著者は近所に住む彫刻家の関保寿氏とともに日本各地に写生の旅に出かける。「なんじゃもんじゃ」から始まった写生紀行の第三弾である。

今回は月に一度、12回にわたって日本全国を旅する。

「なんじゃもんじゃ」の旅の隠れテーマが小説「人殺し」の執筆であったように、今回の旅も隠れテーマがあった。小説「血族」の執筆である。

最終回「父祖の地佐賀、 塩田町久間冬野」は「血族」のラストのシーンそのままである。「知多半島、篠島、大夕焼」の章では母方の伯父について言及する。

旅が始まって間もない「強風強雨、稲取海岸」の章では同行者・関保寿氏の自宅が火事で全焼する。本書のもうひとつの隠れテーマとして、関氏の家が灰燼と化し、それをいかに再建するか、という顛末が語られる。

もちろん本書の本来のテーマは写生旅行である。行く先々の風土や人々との交流、絵を描く過程がユーモアを交えて語られる。個々の章はルポルタージュであるが、全体としてはひとつの小説に見える。

沢木耕太郎による解説は本書の解説であると同時に、「山口瞳」論になっている。通り一遍の解説ではない。

(2022.1.15)



---書物愛[海外篇]---

by 紀田順一郎 編

書物愛[海外篇]

書物愛に関する小説を集たアンソロジーである。編者の紀田氏が書物愛に満ちた人なので内容は確認せずに購入した。

フローベール作の「愛書狂」はそのものずばり、内容は関係なく本そのものを偏愛する人である。こういう気持ちもわからなくはない。筆者自身も装丁や紙の質が良いと、それだけで欲しくなってしまう。装丁や紙の質が良い本で内容の薄っぺらな本は無いと信じている。

アナトール・フランス作「薪」。下宿屋に住む老学者は古い羊皮紙に書いた古文書を研究している。ある寒い日、屋根裏部屋に住む赤ん坊を産んだばかりの寡婦に暖を取るために薪をあげた。7年後、小さな子供があるものを届けにきた。ディケンズの「クリスマス・カロル」を思い出す話。老書物愛者はこういう話に泣いてしまう。

「シジスモンの遺産」は本物の愛書家・ユザンヌによる悲喜劇。シジスモンの遺産を滅ぼそうとする老嬢と愛書家の攻防。もちろん勝つのは・・・。

「ヘンリー・ライクロフトの私記」の作家によるある愛書家の物語。

「ポインター氏の日記帳」は古文書学者・M・R・ジェイムズによる奇談。古書好きの男が、古書市で仕入れた日記を調べていたら、中から珍しい模様の布地が出てきた。この模様を大きな布に刺繍させてカーテンを作った。すると・・・。ミステリー風の話。

「羊皮紙の穴」はミステリー作家H・C・ベイリーによる「フォーチュン・シリーズ」中の1篇。もたもたしたミステリーで切れ味がいまひとつであった。

「目に見えないコレクション」と「書痴メンデル」はいずれもシュテファン・ツヴァイクによる。前者は絵画に、後者は書物に人生の全てをかけた男の物語である。「書痴メンデル」のラストで語り手が述懐する「 この私こそ、本が作られるのは、自分の生命を越 えて人々を結びあわせるためであり、あらゆる生の容赦ない敵である無常と忘却とを防ぐためだということを、知らなければならない人間だったのである」という言葉は、ツヴァイクが後世のすべての自分の読者たちに語りかけた言葉であろう。

「ロンバード卿の蔵書」グルイネ。読書好きのロンバード卿を引っ掛けるにはそのことを利用するのが一番。利用されたのがイギリス人なら誰でも知っている、ジェーン・オースティンの「マンスフィールド・パーク」とは。

「牧師の汚名」ジェイムズ・グールド・カズンズ。牧師ともあろうものがこんな書物を、でもありうる話だな、と思わせておいて、さらに落とし穴が、というミステリー小噺。

世界中の短編小説の中から紀田氏が選んだものは以下の通りである。

  1. 愛書狂・・・・・・ ・・・・・・ギュスターヴ・フローベール 生田耕作訳
  2. 薪・・・・・・ ・・・・・・ ・ アナトール・フランス 伊吹武彦訳
  3. シジスモンの遺産・・・・・・ ・オクターヴ・ユザンヌ 生田耕作訳
  4. クリストファスン・・・・・・ ・ ジョージ・ギッシング 吉田甲子太郎訳
  5. ポインター氏の日記帳・・・・・ M・R・ジェイムズ 紀田順一郎訳
  6. 羊皮紙の穴・・・・・・ ・・・・ H・C・ベイリー 永井淳訳
  7. 目に見えないコレクション・・・ シュテファン・ツヴァイク 辻理訳
  8. 書痴メンデル・・・・・・ ・・・シュテファン・ツヴァイク 関補生訳
  9. ロンバード卿の蔵書・・・・・・ グルイネ 大久保康雄訳
  10. 牧師の汚名・・・・・・ ・・・・ジェイムズ・グールド・カズンズ 中村保男訳

(2022.1.11)



---血族---

by 山口 瞳

血族

アレックス・ヘイリーは1976年に小説「ルーツ」を発表し、それは全米でベストセラーになった。翌年テレビドラマ化され、空前の視聴率をとった。

西アフリカの小国ガンビアに生まれ、1767年にアメリカ合衆国に奴隷として連れて来られたヘイリーの6代前にあたる先祖クンタ・キンテを始祖として、子孫の人間模様が描かれている。舞台となる時代は1760年代から1870年代頃までの約100年間である。

本書は山口瞳の「ルーツ」である。1979年に出版されている。アレックス・ヘイリーの「ルーツ」に触発されたことは間違いない。家族 文藝春秋 1983

これは著者の母親のルーツである。母親は56才で死ぬまで自分の出自を隠した。著者は自分の誕生日にずれがあること、母親の結婚前後の写真がないことに不審を抱き、その頃のことを親戚の誰彼に質問するが、誰もはっきりしたことを言わない。

調べていくうちに、母親から親戚だと聞かされてきた人々が、血のつながりのない他人だったことを知る。調べていくうちに少しずつ事実が明らかにされてくる。著者は何度も、これ以上事実を追及するのをやめようかと思う。読者も徐々に明らかにされていく事柄に胸がドキドキする。そのあたりの文章の迫力は、まるで推理小説を読むかのようである。

全てが明らかになった時、著者自身の私的な事柄を書いたものであるにもかかわらず、筆者やその他の人々にも共通する事柄ではないかと思い始めた。誰にでも丑太郎のようなどうしようもない伯父がいて、君子のような怖い叔母がいるのではないだろうか。

本書は「私は、大正十五年一月十九日に、東京府荏原郡入新井町大字不入斗八百三十六番地で生まれた。 しかし、私の誕生日は同年十一月三日である。母が私にそう言ったのである」という印象的な文章で終わっている。

山口瞳は1979年に「血族」で母親のルーツを書き、1982年に「家族」で父親のルーツを書いた。

(2022.1.6)


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