先日ユーチューブを見ていたら、世界文学ベスト30というコンテンツが出ていた。世界何ヶ国かの新聞雑誌等の記事を総合して、投稿者が決めた順位だそうである。内容を以下に載せておく。
1位が「ドン・キホーテ」、2位が「高慢と偏見」、3位が「嵐が丘」となっている。「レ・ミゼラブル」と「ロリータ」が「カラマーゾフの兄弟」よりも順位が上になっている。「異邦人」が「戦争と平和」や「白鯨」よりも上位に来ている。
筆者が以前から参考にしていたサマセット・モームの「世界の十大小説」では以下のようになっている。モームは順位をつけていない。これは誰もが反論する余地のない立派なリストである。
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さらに日本の文学者、文芸評論家が選んだベスト10をあげると以下のようになる。
篠田一士「二十世紀の十大小説」
- マルセル・プルースト「失われた時を求めて」(フランス、1913年〜1922年、1927年刊)
- ホルヘ・ルイス・ボルヘス「伝奇集」(アルゼンチン/スペイン語、1944年)
- フランツ・カフカ「城」(チェコ/ドイツ語、1922年〜1924年、1926年刊、未完)
- 茅盾「子夜」(中国、1932年)
- ジョン・ドス・パソス「U.S.A.」(アメリカ、1930年〜1938年)
- ウィリアム・フォークナー「アブサロム、アブサロム!」(アメリカ、1936年)
- ガブリエル・ガルシア・マルケス「百年の孤独」(コロンビア/スペイン語、1967年)
- ジェイムズ・ジョイス「ユリシーズ」(アイルランド/英語、1922年)
- ロベルト・ムジール「特性のない男」(オーストリア/ドイツ語、1930年〜1942年、未完)
- 島崎藤村「夜明け前」(日本、1929年〜1935年)
池澤夏樹「現代世界の十大小説」
- ガルシア=マルケス「百年の孤独」(コロンビア、1967年)
- アゴタ・クリストフ「悪童日記」(フランス、1986年)
- ミルチャ・エリアーデ「マイトレイ」(ルーマニア、1933年)
- ジーン・リース「サルガッソーの広い海 (旧邦題『広い藻の海』)」(イギリス、1966年)
- ミシェル・トゥルニエ「フライデーあるいは太平洋の冥界」(フランス、1967年)
- カルロス・フエンテス「老いぼれグリンゴ」(メキシコ、1985年)
- ジョン・アップダイク「クーデタ」(アメリカ、1978年)
- メアリー・マッカーシー「アメリカの鳥」(アメリカ、1971年)
- バオ・ニン「戦争の悲しみ」(ベトナム、1991年)
- 石牟礼道子「苦海浄土」(日本、1969年)
加賀乙彦「日本の十大小説」
- 夏目漱石「明暗」(大正6年/1917年)
- 有島武郎「或る女」(大正8年/1919年)
- 島崎藤村「夜明け前」(昭和10年/1935年)
- 志賀直哉「暗夜行路」(昭和12年/1937年)
- 谷崎潤一郎「細雪」(昭和28年/1943年)
- 野上弥生子「迷路」(昭和31年/1956年)
- 武田泰淳「富士」(昭和46年/1971年)
- 福永武彦「死の島」(昭和46年/1971年)
- 大岡昇平「レイテ戦記」(昭和46年/1971年)
- 大江健三郎「燃えあがる緑の木」(昭和60年/1985年)
この手のベスト10はいろいろな作家や評論家がそれぞれのリストを作っていて興味深い。その人の文学観や人生観がかいま見えるからだ。
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「文学」をGoogle AIに聞いてみると、以下のように教えてくれる。ーーー文学とは言語を用いて表現される芸術作品全般(小説、戯曲、詩など)と、それらを研究する学問分野(文芸学、文学理論)の総称です。
「言語を用いて表現される芸術作品全般」であればなんでも良いと言っている。「芸術」を省けばミステリーや大衆小説にも当てはまる。「芸術」とはなんだろう。AIに聞いてみる。
芸術は、絵画、彫刻、音楽、演劇、文学、映画など、人間の技術や感性を駆使して美や精神的な感覚を表現・鑑賞する活動とその所産です。精神的・感覚的な変容をもたらし、表現者と鑑賞者の相互作用によって成立します。人生を豊かにし、社会を活性化させる重要な要素です。ーーーと出ていた。
「精神的・感覚的な変容をもたらし、表現者と鑑賞者の相互作用によって成立します」というところが文学らしい。人の精神に多大な影響を与える、というところが重要のようだ。「カラマーゾフの兄弟」の方が「ABC殺人事件」よりも、「こころ」の方が「鬼平犯科帳」よりも読んだ人の心に影響を与えそうである。
ベスト10を決めるとすれば、世界中の人から、多大な影響を与えられた本のアンケートをとれば良い。わかりやすくするなら、少なくとも100年以上読み継がれてきた本なら信用できる。ベストセラー本は数年で消えてしまうから、年月のふるいにかけて残っている本ならば間違いない。
それでは筆者自身で世界文学を選んでみよう、と思った。思ったところで気がついた。年代によって違う、ということに。10代の時はあれ、20代ではあれ、30代では・・・というように。筆者が「戦争と平和」を読んで感銘を受けたのは40代になってからだ。本は10代の中頃に買っていた。読み始めてみると、進まない。2ページまで読むともういけない。全然興味がわかないのだ。今思えばあのパーティの場面は重要で、登場人物のほとんどがこのパーティに出席していて、会話からお互いの関係や、各人の気掛かりな事が読み取れるようになっている。ジェーン・オースティンの諸作品を面白いと思うようになったのは60代を過ぎてからだ。ナボコフの「ロリータ」は12位に入っていて、「戦争と平和」や「カラマーゾフの兄弟」より上位になっている。筆者はこれを読んで酷い内容の本だ、という感想しかもてなかった。
結論をいうとベスト10は選者の現在の評価でしかない。どんなに素晴らしい古典でも、読者が理解できないものは選びようがない。そして、日本文学は言葉の関係から世界文学には入っていない。川端康成や大江健三郎はノーベル文学賞を受賞したが、世界の人にそれほど読まれているとは思えないし、理解されているとも思えない。日本人がベスト10を作るなら、世界文学と日本文学の両方のリストを作る必要がある。
ここで筆者自身のベスト10をあげなければ竜頭蛇尾になってしまうのだが、世界文学は筆者の趣味がかたより過ぎていて人の参考にならないし、日本文学は半分くらいは題名を公表するのが恥ずかしい。 ということで、竜頭蛇尾なコラムでした。
(2026.1.29)
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