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準古典 / 東京暮色と原罪 / 高田書店閉店 / ジーン・ハックマン / 震災体験 / すきま時間


--- 準古典 ---


誰が決めるのかわからないが、古典と称される書物、たとえばトルストイの「戦争と平和」、ドストエフスキーの「カラマーゾフの兄弟」、夏目漱石の「こころ」、などは三省堂や丸善、近所でいえばくまざわ書店や蔦屋書店などの新刊書店でいつでも手にすることができる。

それらの古典は100年、200年はおろか、プラトンやアリストテレスのように、もともとパピルスに書かれていた本が、2000年以上経っても、いつでも書店で真新しい本を手にすることができる。

対して準古典といわれる書物、たとえばスタインベックの「エデンの東」、フィッツジェラルドの「ラスト・タイクーン」、里見とんの「極楽とんぼ」、野上弥生子の「真知子」、などは何年か前までは普通に並んでいた本であるが、今では新刊書店で手に入れることは難しい。

準古典、あるいは今では読まれなくなっている本を簡単に手に入れられる場所がある。各地で定期的に催されている古本市である。ここには一カ所に何十軒かの古本屋が集まっていて、数軒の古本屋を歩いても手に入りにくい本を見つける可能性が高い。

先日行った所沢古本まつりの会場には、新刊書店では見かけない大藪春彦のハードボイルドや、E.S.ガードナーのペリー・メイスンシリーズがそれぞれ数十冊ずつ何気なく並んでいた。歴史の中に埋もれようとしている中山義秀や高橋和巳の本などもあった。

古本まつりは全国で開催されている。関東では所沢の他に新橋、八王子、南大沢の古本まつりが規模が大きい。筆者は宝探しをするように、各地の古本まつりを巡っている。

(2025.9.20)



--- 東京暮色と原罪 ---


昨年「東京暮色について」というコラムを書いた。

最近何度目かの「東京暮色」を見た。1957年、小津安二郎監督、有馬稲子主演の映画である。

この作品は失敗作と言われ、興行成績も悪かった。これ以降小津監督は二度とこの手の作品は作らなかった。自他共に失敗作とみられている作品であるが、筆者はこの作品が気に入っている。今回見たのもYouTubeで無料で配信されていたからである。DVDや映画館で見た作品なので通り過ぎてしまうこともできたのだが、それができない。見ずにはいられない。小津作品には「東京物語」はじめ名作と言われている作品が多数ある。筆者もDVDを何枚か持っている。その中で見て見ぬふりをして通り過ぎることのできない作品といえばこの「東京暮色」なのだ。

この作品のテーマとなっているのが原罪である。原罪とは生まれた時から持っている罪のことだ。そんなもの自分ではどうしようもないではないか、と思うのだが、映画はそれを問題にしている。具体的にいえば山田五十鈴演じる母親が夫と3人の子供を捨てて別の男と家出をしたことが原因になっている。有馬稲子演じる次女が妊娠した時に、その相手である大学生が彼女から逃げ回ることがトリガーとなって、次女の原罪意識を高めていく。母親と同じことをすることによって自分も新たな原罪を作り出しているのではないか、という罪の意識から彼女は子供を堕胎する。小津監督はこの重いテーマを軽やかな音楽をバックに描いてゆく。

ここで注目すべきことは母親役の山田五十鈴は実生活において夫と娘を置いて離婚し、別の男と結婚している。のちに女優になった娘の嵯峨美智子は死ぬまで山田を許さなかったという。次女役の有馬稲子は妻子のある市川崑監督の子供を身籠り、堕胎している。二人の主役が映画と同じような境遇にいたことはもちろん偶然ではない。脚本を書いた小津監督はそれを知っていたからこそこの二人を起用したのだ。この二人の迫真の演技は生まれるべくして生まれたのである。長女に拒絶されて一人で酒を飲む山田五十鈴の手の動き。次女に責められて呆然と座り込む山田五十鈴の背中。自分を捨てた大学生を平手で何度も殴りつける有馬稲子の動き。それらは演技というにはあまりにも真に迫っていた。

自分の映画は蓮の花を描いて泥の中にある根を想像させる、という小津監督はこの映画ではその原則を無視して蓮の根を描いてしまった。小津監督がそうしなければならなかったものが何であったのかはわからない。筆者はそのなかにどうしても表現せざるをえなかったある種の情熱を感じる。

(2025.4.22)



--- 高田書店閉店 ---


2025年1月31日、西新井の高田書店が閉店した。

ここはいくと必ず欲しい本が見つかるという古本屋で、月に一度は利用していた。探していた本が見つかるわけではない。読みたい本が見つかる店であった。古本屋には読みたい本が売られている店とそうでない店がある。これは店主の趣味と自分の趣味が合うか合わないかの問題なんだろう。高田書店のご主人の仕入れが筆者の嗜好と合っていたのだろう。おかげで筆者の本棚にはここで購入した本が結構並んでいる。

2月の初旬、いつものように西新井に行き、高田書店の前まで来た時、店頭にいつも置いてある廉価本を入れた木箱がないのに気づいた。休みかな、と思った。よく見るとガラス戸に張り紙がしてある。1月31日に閉店します、と書いてあった。

3月6日のNHKのWeb特集に高田書店のことが出ていた。ご主人が高齢でトラックでの仕入れが大変になってきたので閉店することにした、と書いてあった。この店はご主人が30才の時に夫婦で始めて、50年間続いたという。二人の若い時の写真が出ていた。

NHKの記事で「そんな高田さんが大切にしたのが、教養や古典に関する本を入り口近くに置き続けることでした」と出ていた。そういえば右のガラス戸を開けるとすぐ左手の書棚に岩波文庫が並んでいた。その向こう側に早川ミステリと創元推理文庫、その下手に早川ポケットミステリが並んでいた。筆者の本棚にある早川ポケミスの大半はここで購入したものなのだ。いつもは奥さんと娘さんが店番をしていて、ご主人の顔は見たことはなかった。本日インターネットの写真で初めて拝見した。

街の書店が減少する中で、よくここまで古本屋を維持できたものだ、と思った。たまにいく客がいつも魅力的な本に出会えたのも偶然ではない。ご主人の仕入れの選択が適確だったからだ。

客としては非常に残念。だが仕方がない。時代の流れには逆らえない。書ろく(竹かんむりに鹿)高田書店様、お世話になりました。

(2025.3.8)



--- ジーン・ハックマン ---


2025年2月26日午後、サンタフェの自宅で、妻でピアニストのベッツィー・アラカワと愛犬1匹と共に亡くなっているのが警察に発見された。ハックマンのペースメーカーの最後のイベントは2月17日だったため、その日に亡くなったと推定されている。

ジーン・ハックマンといえば「フレンチ・コネクション」でアカデミー主演男優賞、「許されざる者」でアカデミー助演優賞を受賞したほか、「俺たちに明日はない」「ポセイドン・アドベンチャー」「スケアクロウ」「ミシシッピー・バーニング」など数々の映画に出演した名優である。

筆者が初めてハックマンを見たのは「フレンチ・コネクション」と同じ年に公開された映画「さらば荒野」だった。

主演はオリヴァー・リードとキャンディス・バーゲン。ハックマンは妻を寝取られた男を演じていた。寝とった男(オリヴァー・リード)と自分を裏切った妻(キャンディス・バーゲン)を追いかけ、高性能ライフルで二人を仕留めるという役だった。この男がすごかった。追いかけ方が半端ではない。どこまで行っても絶対逃げられない、という追いかけ方だった。村松友視はプロレスの評論でレスラーを従来の善玉と悪玉だけでなく、凄玉という役を創造した。この時のハックマンは凄玉だった。妻を寝取られた男の怒りを顔の表情だけでなく、体全体で表現していた。その時こんなすごい俳優がいるんだと思った。

ハックマンはしばらくして「フレンチ・コネクション」や「スケアクロウ」で有名になった。筆者にとってジーン・ハックマンという俳優は、50年前見た「さらば荒野」で、とんでもない凄玉を演じた俳優として記憶に残っている。

95才であった。

(2025.3.1)



--- 震災体験 ---


阪神・淡路大震災の時は滋賀県の八日市にいた。仕事で八日市の半導体関係の工場に行っていた。
1995年1月17日5時46分、眠っていたベッドがゆりかごのように揺れて飛び起きた。地震だと思い、時計を見てテレビをつけた。チャンネルをNHKに合わせると男性のアナウンサーがネクタイを直しながら出てきた。画面はNHKの室内が揺れる場面を繰り返すだけで外部の状況はつかめていなかった。長いこと揺れてからおさまったのでホテルの食堂で朝食を食べてからいつも通り車で工場へ向かった。工場は普段と変わった様子はなかった。公衆電話から会社と自宅に連絡した。電話は普段通り通じた。
電話が通じなくなり、地震の被害が分かり始めたのは翌日以降であった。

   ー ー ー ー ー

東日本大震災の時は千葉県の成田市にいた。仕事で成田市郊外の醤油加工工場に行っていた。
地震が起きた2011年3月11日14時46分、筆者は工場内の道路を歩いていた。そのうちに地面が揺れ始め、立っているのが困難になった。しゃがんで周りを見るとプレハブの現場事務所や工事関係の作業場が大きく揺れていた。工場本体の建物を見ると窓が大きく揺れていた。ガラスが割れて落ちてくるのではないかと思った。そのうちに揺れがおさまってきたので、立ち上がって周りを見回すと、向こうに見える丘の斜面がくずれ、木が滑り落ちるのが見えた。これは交通機関に影響が出るだろうと思い、携帯電話で近くのホテルを予約した。ホテルに行く前にコンビニに寄ったら食べるものがほとんど無くなっていた。残っていたお菓子を買ってホテルに着いた。ロビーには予約していない客がたくさんいたが、もう全ての部屋はふさがっていた。夜ホテルの部屋から外を見ると街の明かりが全て消えていた。成田空港の施設だけ煌々と明かりがついていた。その晩から電話はつながらなくなった。

   ー ー ー ー ー

1995年3月20日午前8時ごろ、東京都内の地下鉄丸ノ内線、日比谷線、千代田線の電車内でサリンが散布された。その日筆者は花巻市の半導体関連工場の仕事を終えて帰宅する途中だった。北上駅で新幹線に乗ったが、一関で途中下車した。一関市内の公衆電話から自宅に電話した時に事件のことを知らされた。いつも通り会社に通勤していたら災難に遭っていたかもしれないと言われたが、なんだかピンと来なかった。死者が10人以上、負傷者が6,000人以上に及んだ大事件であったことを知ったのは翌日以降の報道によってだった。
一関で途中下車したのは当時日本一の音響設備を持つジャズ喫茶「ベイシー」に寄るためであった。

(2025.1.17)



--- すきま時間 ---


十数年前まで通勤電車の乗客はジャンプやサンデーなどの少年漫画雑誌を見ているのが普通だった。現在95%の乗客はスマホを見ている。

そればかりか歩行者や自転車に乗っている人もスマホを見ている。車を運転している人もスマホを見ている。

外出時はスマホを持参しない筆者は車中も歩行時も数パーセントの部類に属している。

   ー ー ー ー ー

子育てで大切なことは、子供に退屈をさせろ、ということらしい。基本的に子供は退屈しない。すぐ何かを始めるからだ。たとえそれがとんでもないことでも。

世の母親たちは子供がとんでもないことをするのを恐れていて、常に自分の管理下においておきたいらしい。が、そのとんでもないことが子供の想像力を発達させ、それが創造力につながってゆくそうだ。

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このなんにもしない時間=すきま時間の効用がいわれている。すきま時間=ムダな時間ではなく、すきま時間=想像力の入口→創造力、発想力へとつながってゆく。

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高度成長の時代から停滞の時代へと進み、それが長く続いている現代の日本。その一因が子供たちや若者たちのすきま時間を埋め過ぎてしまったからではなかろうか、と考えている。

(2025.1.12)


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