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変身 / Bagdad Cafe / The Jazz Groove / 良い話 / ゴミ拾い(2) / 虎丸 / 五人廻し / ゴミ拾い / 奇跡の人 / アマビエ / 上書保存 / 下宿屋 / 不倫 / 夫婦者 / 壬生浪人 / 悪魔


---変身---

筆者は年をとって人間が丸くなったとか、昔はトゲトゲしていたとかひとに言われることがある。年月や経験によって人間が変わることがあるのだろうか。

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会社に勤めていた頃、仲間の兄貴分的な面倒見の良い先輩がいた。彼が〇〇営業所の所長として赴任することになった。すでにある営業所ではなく、新規に立ち上げる営業所であった。

所員が未定ならば是非自分を選んでください、とお願いした。君はまだ若いから、もう少し本社で勉強してから来いよと、体よく断られた。何人かの社員が選ばれ、営業所は動き始めた。選ばれた社員の中には筆者よりも社歴の短いものもいた。筆者は向かないと思われたんだろう。

しばらくすると、〇〇営業所に関して、ある噂が聞こえてくるようになった。所長の部下に対するパワハラだ。夜通し、お説教されるという。あの面倒見の良い先輩が・・・、と信じられなかった。

〇〇営業所へ出張する機会があった。退勤時、若い社員が所長からお説教されていた。朝、出勤するとそのままの状態でお説教されている。噂は本当だったんだ。

その後、その所長と食事をしたり、お酒を飲んだりする機会があったが、筆者に対しては昔通りの面倒見の良い先輩であった。

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年月や経験によって人の性格が変わるのではなく、もともと持っていた性格がその時の状態によって現れる、というのが実態なのではなかろうか。

学校を出ると、会社に入り、結婚する。さらに会社で昇進したり、子供が生まれたりして人生に変化が生まれる。子供時代や学生時代には親が請け負ってくれていたいろいろなことを、ある年齢から上になると自分がやらなければならなくなる。

どうすればいいんだろう。自分がやるとなると、何事もなかなか大変なものだ。でもやらなければならない。自分の中にあるものを総動員してかかる。

仲間同士で交流するとき、上司と部下として対応するとき、それぞれの場合で自分の中にあるものを使って対処しなければならない。必死で考えて、出した結論がパワハラということもあるだろう。たとえパワハラであっても、その人にとってはひとつの結論なのだ。「無い袖は振れない」ということは、持ち合わせの無いものはどうすることもできないという意味だが、お金だけでなく色々なものを指している。

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年をとって人間が丸くなったのではなく、その状態では角を出すこともないだろう、と思っているだけなのかもしれない。場合によっては、昔のようにトゲトゲした対応を取ることもあるだろう。年月や経験によって人間が変わることはなく、TPO (Time、Place、Occasion)に応じて自分の中にあるものを出したり入れたりするだけなのである。

グレゴール・ザムザは虫に変身したが、彼はもともと虫の要素を持っていたのだ。

(2020.11.16)


---Bagdad Cafe---

30年ほど前、ヴァージニア州のDublinというところに数回にわたって通算2ヶ月ほど滞在したことがある。

滞在先は長期滞在型のモーテルで、その名もNRV Suites & Extended Stay Motelという。NRVというのは土地の名前でNew River Valleyの略である。近くに川のように細長いクレイトール湖という大きな湖があった。

モーテルの写真を見ていたら突然、映画「Bagdad Cafe」を思い出した。

「Bagdad Cafe」の主な舞台は砂漠の中にポツンとあるモーテルのロビーであった。ロビーには長いカウンターがあり、そこが受付とカフェ・スペースを兼ねていた。主人公のドイツ人主婦(ジャスミン)が夫と仲違いして、乗っていた車から降ろされる。彼女はスーツケースとコーヒーの入ったポットを持って、砂漠の中を歩き、たどり着いたモーテルに滞在する。彼女の昼間の居場所がこのロビーだった。ロビーにはアメリカの各地やヨーロッパから来た変な滞在者たちがたむろしていた。ジャスミンはドイツ語なまりのたどたどしい英語で彼らと交流しながら、徐々に土地に馴染んでいく。映画の終り近くでジャスミンはジャック・パランス扮する老画家にプロポーズされる。

筆者が滞在した「NRV Suites & Extended Stay Motel」も「Bagdad Cafe」のようであった。受付はロビーの奥にあり、ロビーには各国から来た滞在客がコーヒーなど飲みながらくつろいでいた。ロビーの奥にはコインランドリーがあった。25セントコインをたくさん用意しておいて、週に一度はここで洗濯していた。

筆者以外の東洋人(中国人)もいて、その場所に普通に溶け込んでいた。クリスマスの朝、モーテルの主人が各部屋に缶入りのクッキーをプレゼントしてまわっていた。

今、思い返すとそこは「Bagdad Cafe」の世界であった。当時の筆者にもう少し積極性があったら、よりディープなアメリカン・ライフが味わえたのにと思うと残念な気がする。そこでは日本語なまりのたどたどしい英語でもよかったのだろう。「Bagdad Cafe」のジャスミンのように。

(2020.10.23)


---The Jazz Groove---

サンフランシスコにThe Jazz Grooveというラジオ局がある。
ここはなかなか良い選曲をしている。

ちなみに過去7日間のヒット・チャートは以下のようになっている。

  1. Ron Affif Trio - Windows
  2. Erik Soderlind - I handerna pa livet
  3. Eddie Harris - Boogie Woogie Bossa Nova
  4. Laura Caviani - Cascadia
  5. Duke Ellington - Piano Improvisation No. 1
  6. J. J. Johnson & Kai Winding - Jeanne
  7. Ike Quebec - Like
  8. Joe Alterman - The First Night Home
  9. Branford Marsalis & Joey Calderazzo - Gloomy Sunday
  10. Monty Alexander - Sweet Georgia Brown

ウェブサイトは《https://www.jazzgroove.org/》。インターネットで24時間聴くことができる。

(2020.10.22)


---良い話---

たまたま見ていた記事の中にこういうのがあったので拡散する。

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---プロレスラーが盗撮男を"現行犯逮捕" 被害者女性に粋なメッセージ残す---10/7(水)23:22東京スポーツ配信---

ゼロワン所属のプロレスラー、ヤス久保田(46)が盗撮男を"現行犯逮捕"のお手柄だ。
事件が起こったのは1日午前9時ごろ。愛知・名古屋在住の久保田が市営地下鉄・築地口駅で電車を待っていたところ、ホームに立つ若い女性の背後に忍び寄り、スカートの下にスマホを差し入れる30歳前後の男を発見した。

すぐさま女性に報告し、駅員を呼んでもらったうえで、自身はベンチに座った男に「今盗撮しましたよね?」と問いかけ、逃げられないよう正面に仁王立ち。駅員、さらに通報を受け駆け付けた警察官に事情を話し、男を"お縄"状態に。その後警察署に行き詳しく状況を説明したが、その間、女性は泣きじゃくっていたという。

「おとなしそうな女の子だったんで、ショックだったんだと思います。なので『プロレスを見れば元気になりますよ』と声を掛けました」と名刺を差し出しつつ、自分の素性を明かした。

すると女性の母親から自身のツイッターと会社に感謝のメッセージが届いた。特に報告はしていなかったということで、会社ではちょっとした騒ぎになった。「自分から話すことでもないかなと思って。でも『自分がプロレスをやってる』と話した時に少し明るい表情になってくれたんでよかったです」と照れくさそうに笑った正義感あふれる男のファイトに注目だ。

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『プロレスを見れば元気になりますよ』というのがいい。

(2020.10.8)


---ゴミ拾い(2)---

毎朝空カン空を拾っていると、景色よりも道路の脇の方ばかり見るようになる。清々しい朝の空気を吸い、遠くの空や川岸を見て英気を養うための散歩だったのに。

あるアパートの前に空のペットボトルが落ちていた。10戸程度の小規模のアパートだ。毎朝それをまたぎながら通勤する人が10人程度はいるはずである。

その場所は住宅街なのでわたしのゴミ拾いの範囲から外れている。いずれアパートの住人か近所の人が片付けるものと思っていた。3週間ほどしたが相変わらずアパートの出入り口のど真ん中に空のペットボトルが横になっている。

今日は天気も良いし、川の土手のゴミも少なかったので、撤去することにした。30メートルほど先の自販機の回収ボックスに入れただけなんだけど。

自分に関係ないものは放っておく、というのが日本人の国民性なのか。そういえば自分の家の前の空き缶は隣の家の前に蹴飛ばしておくという地域(国)もあったっけ。

戦前の日本人のコミュニティはお節介をしたりされたりという間柄だった。そういうのも面倒くさい。自分の家の前の空き缶くらい放っておいて、景色の一部として毎朝眺めながら通勤するくらいの方が精神衛生上良いのかもしれない。

(2020.7.27)


---虎丸---

虎丸が一矢報いた。囲碁の本因坊戦である。

今日、静岡県河津町の今井荘で第75期本因坊戦が行われた。3連敗していた芝野虎丸名人が井山裕太本因坊に中押し勝ちし、対戦成績を1勝3敗とした。本対戦は先に4勝した方がタイトルを取ることになる。

まだ圧倒的に井山本因坊が有利なのだが、虎丸名人としては4連敗という汚名を着ることは免れた。虎丸名人の粘り腰にも感心したが、心に残ったのは彼の対局態度だった。

彼はこの4戦で一度も正座を崩していない。上着もほとんど脱がない。勝っても負けても、有利になっても不利になっても、その姿勢は変わらない。

昨年、史上最年少での名人位を獲得(19才11ヶ月)した虎丸名人はまだ20才。名前に似合わず女の子のような優しい顔をしている。優しい喋り方で訥々と話す。碁石を碁盤に置くときも決して音を立てない。虎丸というより、猫丸という方がぴったりする。

だが今日の対戦の棋譜を見たら、彼を猫のようだと称する人はいないだろう。2日制の対戦で昨日の午前午後、今日の午前午後のほとんどの時間帯でAIが判定する彼の勝勢は20%から30%で終始していた。ほとんどの時間帯を劣勢な状況で戦っていた。普通の精神力なら途中で切れてしまっても不思議ではない。

だが2日間彼の態度はまるで変わらなかった。正座を崩さず、碁石を碁盤にそっと置く。側から見ている限り彼が優勢なのか劣勢なのかまるでわからない。夜に入ってからAIの数値は少しずつ動き出し、いつの間にか虎丸名人の勝勢は95%になっていた。19時45分、井山本因坊が静かに頭を下げ、虎丸名人が1勝を返した。

(2020.7.1)


---五人廻し---

古典落語に「五人廻し」という演目がある。

一人の花魁(おいらん)が五人の旦那衆を手玉にとって金を(みつ)がせる。花魁は貯めた金を自分の色男に貢ぐ。色男は花魁に貢がせた金を自分の色女に貢ぐ。男と女の関係はより多く惚れた方が弱い、という教訓か。

昨日のコロナウィルスの感染者は47人。7割が夜の街に働く人々、ホステスやホストたちだった。内訳は2割がホステス、5割がホストだった。

この記事を読んで「五人廻し」を連想した。一般の客10人を1人のホステスが担当する。接待するストレスに疲れたホステスはその反動でホストクラブへ行き、好みのホストに接待される。10人のホステスを1人のホストが担当することになる。すると一般の客100人が持つコロナウィルスの危険性を1人のホストが受け持つことになる。

コロナウィルスの感染者にホストの割合が多いのは特別なことではない。「五人廻し」の原理を使えば容易に納得できる。

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一見古臭いと思われる古典落語は、現代の世の中にも脈々と生きている。

(2020.6.15)


---ゴミ拾い---

毎朝散歩の時にゴミ拾いをしている。もちろん慈善行為としてではない。

ゴミのない道を歩くのは気持ちがいいのと、運を貯めるためである。

萩本欽一の著作に運は有限である、と出ていた。誰でも知っている有名な俳優が晩年惨めな暮らしをしていたり、勲章をもらうような人が晩年刑務所に入ったりしている。そのような話をネットのニュースで見ると、確かにそうかもしれないと思う。

双六(すごろく)は上がれば終わり、映画やTVドラマはハッピーエンドで終わりだが、ゲームやドラマが終わっても人生は終わらない。その日の夕飯は食べなければならない。死ぬ寸前になった時、はじめて自分の人生はプラスだったか、マイナスだったかわかる。

萩本氏は人生の運はプラス・マイナス・ゼロだという。

プラスの運を拾うために毎朝ゴミを拾っている。知らぬ間に消費している運を補充している。

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ゴミの中に空き缶やペットボトルがある。そのうちの80%程度は中にジュースやコーヒーが残っている。

想像だが、これを捨てた人は捨てたつもりはないのかもしれない。飲んでいる途中、何処かへ行かなければならなくなったので、いつか飲むつもりでそのままにして行く。いつかはないのだが。

小さい子が食事をしたり、おやつを食べたりする時に、途中で別のことに興味が移って、食べっぱなしにする。それと同じ意識かもしれない。あくまでも想像だが。

(2020.5.29)


---奇跡の人---

奇跡の人(The Miracle Worker) とは1962年公開の映画の題名である。監督はアーサー・ペン。

この映画で「The Miracle Worker」 アン・サリヴァンを演じたのはアン・バンクロフト、彼女の教え子、ヘレン・ケラーを演じたのはパティ・デュークであった。

アン・サリヴァンは3歳の時、目の病気トラコーマとなる。9歳のとき母親が亡くなり、父親は養育を放棄する。同年、結核によって身体が不自由になった弟のジミーとチュークスバリー救貧院へ移り住む。弟はすぐに亡くなり、アン自身も目の病気の悪化によって視力を失う。アンは弟の死と自分が盲目ということで鬱状態になる。

14歳のときに、マサチューセッツ州ウォータータウンにあるパーキンス盲学校に入り、訓練と数度の手術の結果、視力を回復する。ただし光に弱く、常にサングラスをかけていた。聴覚障害児の教育を研究していたアレクサンダー・グラハム・ベル(電話の発明者)が、アンをヘレン・ケラーの家庭教師として紹介した。

7歳のヘレンの家庭教師になった時、アンの年齢は20歳であった。

アンは「見えない」「聞こえない」「話せない」の三つのハンディを持つヘレンをラドクリフ大学(ハーバード大学の女子学部)へ入学することができるまで導いた。

その後、ヘレンは社会福祉活動家として、様々な活動を通して世界中のハンディ・キャッパーたちに勇気と生きる希望を与えた。

奇跡の人(The Miracle Worker)とは三重苦を克服したヘレン・ケラーではなく、アン・サリヴァンのことを指している。

アン・サリヴァンの生き方は全国の孤児たち(親はいてもネグレクトされている者を含む)に勇気を与えてくれる。どのような境遇にいても、良く生きようという意志を持つ限り、人間は良く生きられる、ということを彼女は身をもって教えてくれている。筆者が彼女の言葉で印象に残ったのは「失敗したら初めからやり直せばいいの。そのたびにあなたは強くなれるのだから」である。


                映画「奇跡の人」             ヘレン・ケラー著 「わたしの生涯」


(2020.4.15)

---アマビエ---

アマビエは江戸時代後期、肥後国(熊本県)に現れたという。

「弘化3年4月中旬(1846年5月上旬)、毎夜、海中に光る物体が出没していたため、役人が赴いたところ、それが姿を現した」と伝えられている。

その時に妖怪は「疫病が流行したら自分の姿を絵に描いて人々に見せるように」と言い残して姿を消した。

姿形については以下の挿図が添えられている。



弘化3年以来、174年ぶりにアマビエは復活した。本年4月7日に厚生労働省が新型コロナウィルス対策として公開した、外出自粛キャンペーンのマスコットキャラクターとして。


(2020.4.11)


---上書保存---

生まれたばかりの子の成長は彼が持つDNAの影響がすべてだった。

次の段階では母親の影響が、そして父親の影響がその子の運命を変え始める。

3才を過ぎる頃から本人の意向が出始める。反抗期ではない。本人が自分の生き方の舵を取り始めたのだ。

人は一般的に5才までに情緒を開拓し、6才から12才までに知能を開拓し、毎日学習したことを脳に保存していく。13才以降は与えられるもの以外のことを模索し始める。それがなんであるかはそれぞれが持つDNAと、それぞれが今まで学習したり経験したことによる。

特に15才から20才の間は忙しい。将来生きていくために必要な知識を学習するとともに、自分の生き方の基準となる思考方式を決めなければいけなくなる。この時期におおよその行動基準を決めておかないとその後の生き方が不安定になる。自分なりの行動基準を持たない人は組織や他人の意向に操られやすくなる。

学習や生き方を模索する作業は20才で終わるわけではない。30才、40才、50才・・・、生きている限り続く。 多くの人は25才から30才前後で作業を終了してしまう。会社に就職した頃、結婚した頃が危ない。「忙しくて、そんなこと考える暇はない。必要もない」という言葉が聞こえる。親は「自活できる人間になったんだから、それでいいんじゃない」と思う。

20才を過ぎたらそれまでのような大幅な進歩ははない。だが、人は日々無意識のうちに上書保存を繰り返している。変化は数年ではわからない。10年経ったら、誰の目にもわかるようになる。学生時代正義感に燃えていた者が、中年になったら平気で堕落した生活をしている。会社にいた時は溌剌としていた先輩が、老いてすっかりだらしのない顔になってしまった。・・・。

特別なことがない限り、人は15才から20才の間に決めた行動方針に従ってその後も生きていく。外見は変わってもその人の内面は連続している。毎日考えたことや行動したことは、良かれ悪しかれ上書保存されている。飛行機が地上と水平に飛ぶためには、飛行機本体はいつも上昇していなければならない。水平に飛んでいたら、重力の作用でいずれ地上にぶつかってしまう。それと同様、良い状態で上書きされるためには、日々の進歩が必要である。

内村鑑三は明治27年7月、箱根山上、芦ノ湖の湖畔の会場で行われた講演会の締め括りにこう述べている。「われわれに後世に遺すものは何もなくとも、われわれに後世の人にこれぞというて覚えられるべきものはなにもなくとも、アノ人はこの世の中に活きているあいだは真面目なる生涯を送った人であるといわれるだけのことを後世の人に遺したいと思います」。この講演は記録され、「後世への最大遺物」という題名で岩波書店から発行された。

(2020.4.10)


---下宿屋---

学生時代、学生寮に住んでいたが、ある時期から下宿屋に住み替えた。

寮は2人部屋だったが、なかで別の部屋とつながっていたので、実際には4人部屋だった。部屋に鍵はなく、寮母さんは全ての部屋に自由に出入りしていた。他人との生活が煩わしくなる年頃だった。友人たちのなかには寮を出てアパートに移る者もいた。

街に出てアパートを探した。不動産屋に入るのはなんとなく抵抗があった。ひたすら通りを歩いて「貸間有り」の表示を探した。何件かあった。部屋の雰囲気が気に入らないか、値段が折り合わないかで、なかなか決まらなかった。あるアパートの西日がきつそうな部屋を見た後、普通の家の玄関に「貸し部屋あります」の紙が貼ってあった。見るだけでもいいだろうと、玄関の引き戸を開けて声をかけた。

玄関を開けてすぐの座敷に60代後半と思われるおばさんとおじさんがいた。おばさんが部屋を案内してくれた。玄関を入ると右側に階段があり、上がると右側にトイレと流しがあり、正面にひと部屋と左側にふた部屋あった。いずれも引き戸で鍵はついていなかった。左側の真ん中の部屋が空いているという。畳敷き4畳半、窓を開けると正面は畑で遠くに中央線の土手が見えた。家賃はひと月4,000円だった。その場で契約したのか、他を見てから返事をすることにしたのか記憶がない。結局ここに住むことにした。記録によると1970年11月29日、日曜日だった。

引っ越した初日におばさんがご飯を炊く釜をくれた。タイマーも何もついていないただの釜だ。共同の流しにガスレンジがあり、そこで炊くのだという。言われる通りにやってみると意外にうまくいった。電気代、ガス代はどうしていたのか、まるで記憶がない。風呂は駅前の銭湯を利用した。

階段の上は狭い踊り場なので他の住人とも顔を合わせた。突き当たりの部屋の住人はNHKに勤めていた。記録によると何度か部屋にお邪魔して話をしている。左側の部屋は滅多に開くことはなかった。それでもそのうちに顔を合わせる機会があった。彼は寿司屋の職人であった。夜いないわけだ。部屋にお邪魔する機会もあった。絨毯や家具などの調度品は贅沢なものを使っていた。 ふたりとも台所を使うことはなかった。ご飯を炊いたり、野菜炒めを作ったりしていたのは私だけだった。

引っ越してきた日、おばさんにプロレスが好きかと聞かれ、好きだと答えた。金曜日の夜8時になると下の部屋からおばさんの呼び声がした。「おにーちゃーん、プロレスがはじまるよー」。 始まる前から、ちゃぶ台にお茶とお菓子を並べて、おじさんとおばさんがテレビの前に座っていた。「おにーちゃん、好きに食べてね」。おじさんは右か左かどちらかの半身が動かなかった。馬場が外人レスラーに水平チョップを打ったり、ボディ・スラムで投げるたびに動かない方の足が飛び跳ねた。

下宿と同じ通りに間口一間ばかりの焼肉屋があった。アルバイト募集の張り紙がしてあったので、しばらくして尋ねた。すぐ雇ってくれたが、一週間でクビになった。本当は女の子を求めていたのだが、お義理で一週間だけ雇ってくれたように思った。

下宿には1年4ヶ月いて、就職し、自宅に戻った。

(2020.4.4)


---不倫---

1990年代、不倫についてマスコミから追及された石田純一は、「不倫は文化だ」と開き直って乗り切った。

2020年初頭、同様の件で追求された東出昌大はうまく乗り切れないでいる。

  

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夏目漱石の文学は不倫なしでは貧相なものになってしまう。

  • 吾輩は猫である
  • 坊っちゃん
  • 草枕
  • 二百十日
  • 野分
  • × 虞美人草 ×(許婚者のある男を奪おうとする女のはなし)
  • 坑夫
  • × 三四郎 ×(旅の人妻と一泊する主人公)
  • × それから ×(友達の妻を奪おうとする男のはなし)
  • × ×(昔友達の妻であった女と一緒に暮らす男のはなし)
  • ? 彼岸過迄 ? (男の嫉妬のはなし、不倫に発展する可能性はある)
  • × 行人 ×(兄嫁と旅館で一泊する弟に嫉妬する男のはなし)
  • × こゝろ ×(ふたりの男がひとりの女を奪い合うはなし、ゲイの疑惑も?)
  • 道草
  • × 明暗 ×(昔の恋人と温泉宿で会おうとする主人公のはなし)

主な作品(短篇・評論を除く)15作のうち、不倫要素のあるものを除くと8作しか残らない。しかも大事な作品がほとんど抜けてしまう。「三四郎」「それから」「門」「行人」「こゝろ」「明暗」のない漱石なんて漱石ではない。

漱石は「行人」の一郎にこう言わせている。

「なぜ肝心な夫の名を世間が忘れてパオロとフランチェスカだけ覚えているのか。その訳を知ってるか。己はこう解釈する。人間の作った夫婦という関係よりも、自然が醸した恋愛の方が、実際神聖だから、それで時を経るに従って・・・」

*             *             *

話を世界文学に広げても同様である。

  • ボヴァリー夫人(フローベール)---(医師の妻エマが数々の男と不倫をするはなし)
  • アンナ・カレーニナ(トルストイ)---(政府高官カレーニンの妻アンナが若い貴族の将校ヴロンスキーと不倫するはなし)
  • 赤と黒(スタンダール)---(家庭教師ジュリアン・ソレルが町長の妻レーナル夫人を誘惑し、不倫するはなし)
  • 女の一生(モーパッサン)---(主人公の夫ジュリアン子爵は妻の乳姉妹のロザリや、友人の妻と不倫する)

「アンナ・カレーニナ」のないトルストイなんて・・・。

*             *             *

ルカによる福音書を引用する。
第7章 37「イエスがバリサイ人の家で食卓につくと、その町で罪の女であったものが涙でイエスの足をぬらし、自分の髪の毛でぬぐい・・・」、46「この女は多く愛したから、その多くの罪はゆるされているのである。少しだけゆるされた者は、少しだけしか愛さない」、48「そして女に『あなたの罪はゆるされた』と言われた」

*             *             *

「だから何なの?」と言われたら、「すみません」と言うしかないのだが。

(2020.3.30)


---夫婦者---

毎朝近所の公園を散歩する。

ほぼ同時刻に散歩する人がいる。顔を正面から見ることはしないが、その姿からいつもと同じ人だなとわかる。

そのなかに1組の夫婦がいて、いつも話をしながら散歩している。

この夫婦とすれ違うたびに夫婦者(ふうふもの)という言葉が頭に浮かぶ。日本国語大辞典によると「夫婦者」とは「夫婦である男女」と出ている。

50年以上前、筆者が10代の頃、駅前のパチンコ屋の扉に「夫婦者歓迎、住込可」と書いた紙が貼ってあった。求人の案内である。夫婦で住み込み可? 自宅のない夫婦であろうか? そういう張り紙があったということは、当時はそういう夫婦が普通に存在していたのだろうか。

筆者が20代の頃、出張の多い仕事をしていた。

ある時、福島県のいわき市へ出張した。筆者は仕事仲間7、8人とともに市内の職人宿に宿泊していた。

昼間は仕事、夜は広い和室に全員が布団を敷いて寝る。夕食後は大抵の場合、日本酒を冷やで飲みながら花札かトランプで盛り上がる。もちろんお金を賭けてやる。みんな同室なのでひとりだけ寝ることはできない。ゲームが終わるまで、見ているか、一緒にやるしかない。

ワイワイやっているので、他の部屋からも覗きに来たり、時にはゲームに加わったりもする。ゲームに参加するひとのなかに「夫婦者」がいた。初老の男と女であった。男は参加し、女はそれを見ていた。

何かの拍子に話をする機会があった。われわれ同様この旅館に1ヶ月ほど滞在していた。仕事を聞くと「夫婦で電話の敷設の仕事をしている。日本全国、その仕事でまわっている」と言う。どこへ行っても泊まる旅館は決まっていて、この旅館にも自分たち専用の部屋がある、と話してくれた。

その時、初めて「夫婦者」ということばを実感として認識した。

(2020.3.10)


---壬生浪人---

1971年7月20日から8月20日までと8月30、31日、仲間と共に栃木県壬生(みぶ)町に滞在してアルバイトをした。

栃木県の河川の水質調査の仕事であった。当時担任教授が栃木県につながりを持っていてその関係で来た仕事だった。研究室の学生6名が招集され、夏休みのアルバイト兼実際の分析業務を体験させようという、一石二鳥の考えだったのだろう。

集められた学生、MK、MR、K、U、Y、N(筆者、下の名前で呼ばれていた)は当時宇都宮市郊外の壬生(みぶ)町にあった教授の実家の納屋に泊まり込み、昼は県庁へ、夜は宇都宮のスナックへ出勤した。

実家には教授の父親と教授の兄嫁がいた。初日は母屋の居間でご馳走してくれた。庭で穫れたトマトの味が濃厚だったことを覚えている。教授のお父さんがテレビのクラシックの番組を見ながらこのピアニスト(ヴァイオリニストだったかもしれない)はマレーネ・ディートリッヒに似ている、と言ったのを覚えている。当時すでに女学校の教職を引退していたはずだ。「壬生浪人(みぶろうにん)」というイメージの人であった。

若者たちの1ヶ月間の合宿である。いろいろなことがあったに違いないが、それ以外のことは覚えていない。49年前の話である。

担任教授の名前は宇井倬二、彼の兄は宇井純。2人とも鬼籍に入っている。インターネットの記事に宇井兄弟は現在ノーベル賞候補にあがっている東工大の細野秀雄教授の恩師である、と出ていた。

(2020.3.5)


---悪魔---

悪魔というのはどういう顔をしているんだろう。興味がある。

ドストエフスキーの「カラマーゾフの兄弟」に悪魔が出てくる。

イワンがスメルジャコフを訪問した日の夜半、彼の元に現れる。

その悪魔は元は良い仕立てだったが今はだいぶくたびれた服を着た中年の目立たない顔をした紳士だった。彼はスメルジャコフがたった今自殺したことを伝えに来たのだ。その後イワンを相手に取り止めのない世間話をする。

芥川龍之介に「悪魔」という短篇がある。それによると「この悪魔は玉のように美しい顔を持っている。しかもこまねいた両手といい、うなだれた頭といい、あたかも何事かに深く思い悩んでいる」となっている。憂い顔のイケメンのようだ。

三遊亭円朝が作った落語「死神」に死神が出てくる。彼は90才を過ぎて真っ白い髪の毛はまばら、冴えない着物を着て帯の代わりに荒縄を締めている。

本命、新約聖書に現れる悪魔はどういう風体をしているのか。

マタイの福音書 4に登場する悪魔は次の3つの質問でイエスを試そうとする。「ここに転がっている石をパンに変えてみたらどうだ」「ここから飛び降りてみろ。そうすれば、あなたが神の子だということが証明される」「世界の国々とその繁栄ぶりとを見せ、ひざまずいて、この私を拝みさえすれば、これを全部あなたにやろう」という。

残念ながら言葉だけで彼の外見や容姿は記述されていない。

ここからは想像だが、悪魔はあまり恐ろしげな容姿をしていないのではないか。恐ろしそうな容姿をしていれば簡単に人間に近づいたり取り入ったりすることができない。親しみやすい様子で近寄ってきて何事かをささやきかける。

怖そうな顔をしているのは悪魔本人ではなく、悪魔の手先ではなかろうか。悪魔の手先は悪魔の命令で人間を脅したり乱暴したりして言うことを聞かそうとする。そのためには怖い顔をしていなければならない。

どうやら悪魔も悪魔の手先も身の回りにいるようだ。彼らは一見我々と同じような顔をしているが、ようく見ると人を信じない目をしている。それは彼が子供時代にDVやネグレクトによって育てられたからだ。紀元前の昔から現代に至るまで連綿と続く悪魔の系譜は実はそういうところにあったのではないか。単なる想像でしかないが。

(2020.1.10)


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