2019年
 
| 千両みかんと還付金 / ロジェ・カイヨワの「戦争論」について / 時代 / 老後と整理 / わしとじゃとわ / 後世への最大遺物 / イギリス人の老後 / イニシエーション |
---わしとじゃとわ--- |
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ジュール・ヴェルヌの「地底旅行」(光文社古典新訳文庫)を読んでいたらこういう文章にぶつかった。 【高野 優(たかの ゆう、1954年- )は、日本の翻訳家。男性。 静岡県生まれ。早稲田大学政治経済学部卒。フランス文学翻訳家。高野優フランス語翻訳教室主宰。】 広島県生まれかと思ったら静岡県生まれとなっている。静岡生まれでどうして「わしについてくるのじゃ」というセリフが書けるんだろう。
広島生まれなら若い人でも「わしについてくるのじゃ」という。その他の県ではこういう言葉は使わない。
もしかしたら高野氏は老人ならこういう言葉を使うんじゃないかと考えたのかもしれない。 ちなみに夏目漱石が描く老人のセリフはこうなっている。
老人を安易に表現するセリフとして「わし」とか「〜じゃ」を使ったり、女性のセリフの語尾に「ですわ」を使ったりするのは日本語の表現を侮辱するものである。漱石は女性のセリフの語尾に「ですわ」は決して使わない。 我々が本を読む目的のひとつは綺麗な日本語に触れることである。下品な日本語に触れると心が汚されるような気持ちになる。 翻訳の仕事は横文字を縦に並び替えるだけでは無い。原作者の心を別の言語になるべく忠実に再現することだと思う。 ジュール・ヴェルヌは草葉の陰で「アクセル! わしについてくるのじゃ」などと書いた覚えはない、と言っているに違いない。 (2019.4.20) |
---後世への最大遺物--- |
今の世の中で大多数の人が望むこと、それはいい大学を出て誰でも知っている大企業に入り、出世して金を沢山稼ぎ、安楽な老後を送ることではないだろうか。 大多数の人が望むことは大多数の人が実現できることではない。全員がいい大学に入れるわけではないし、全員がいい会社に入れるものでもない。全員が出世できるものでもない。 手に入れるものが価値のあるものほど激しい競争が発生する。取り合いになる。 すべてを手に入れる人は少数の人である。 少数のエリートになることを望む人は小さい頃から塾に通い、中高大学時代は寝る暇も惜しんで勉強しなければならない。 会社では上司の顔色をうかがい、残業に次ぐ残業、寝る暇も惜しんで会社のために尽くさなければならない。 自分はそのようにして出世した人を知っている。彼は若くして大企業の取締役になった。金と地位を手に入れた。ひとつ手のあいだから抜け落ちた。妻と子どもたちの心が彼のもとから離れていた。 内村鑑三は著書「後世への最大遺物」のなかで金や事業や名誉を遺しても虚しい、「われわれに後世に遺すものは何もなくともあの人はこの世の中に活きているあいだは…真面目なる生涯を送った人であるといわれるだけのことを後世の人に遺したい…」と語った。
今の世の中で生存競争のあい間にふと立ち止まった時、読み返したい本である。 (2019.3.10) |
---イギリス人の老後--- |
「夜の来訪者」で知られるイギリスのジャーナリスト、小説家、劇作家、批評家ジョン・ボイントン・プリーストリーは著書「イングランド紀行」の中でこう述べている。 彼らは教養と専門技術のある中産階級に属し、仕事に有能だが、子供の教育が終わって自分の手を離れたら、仕事を辞めて、わずかな収入で満足して田舎暮らしを楽しむことを望んでいる。 ここで「田舎暮らし」を「都会暮らし」に、「わずかな収入で満足して」を「わずかな収入では不満足なこともあるが」に置き換えたら自分のことだ、と思った。
シャーロック・ホームズは「最後の挨拶」のなかでワトソンからこう言われている。 だって君は隠退していたはずだろう?サウス・ダウンの小さな農園で、養蜂と読書に隠退生活を送っていると聞いていたが。 ホームズが隠退生活の中でかきあげた著作が「実用養蜂便覧 付・女王蜂の分封に関する諸観察」というものだった。 だいぶ前に高度成長が終了した日本が今後目指すべき道は産業革命が終了した後のイギリス以外にないではないか。 (2019.2.26) |
---イニシエーション--- |
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人は20才を過ぎたらその性格は変わらない。 性格はいつ作られるのかというと15才から20才の間、いわゆる思春期といわれる時期だと思う。持って生まれた基本的な性格に加えてこの世の中でどういう風に物事に対処していこうかという方針が決定されるのはこの時期である。 人により差はあるが中学上級から高校生の間がこの時期にあたる。 この時期に数多くの経験をして真剣に自分なりの判断を下して行動することが大事である。 思春期に遭遇することはその人にとっては人生初のことである。人の意見に盲従したりいい加減な考えで行動してはいけない。その後の人生で起こることに同じように対処してしまいがちになるから。 人生は繰り返し同じようなことに遭遇するので初めに対処したことを2回目、3回目にもしてしまいがちになる。何事も初めが肝心である。 (2019.2.24) |