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無限の可能性 / いい高座 / 舞台 / M先生の眼


---無限の可能性---

目の前を赤ちゃんを前に抱いた若い母親が歩いている。

右へ寄ったり左へ寄ったり落ち着かない。よく見るとスマホを見ながら歩いている。

危ないというより赤ちゃんの未来を考えてしまった。

子供は無限の可能性を持っています。生まれたその日は。

無限に見えた可能性は次の日からどんどん減っていきます。減らせないためにはあなたの努力が必要です。3年=1095日たつと無限に思えた可能性は今のあなたと同じくらいになってしまいます。

今すぐスマホの代わりに赤ちゃんの目を見てあげてください。

(2018.10.24)


---いい高座---

たとえば「お見立て」という噺を聴く。

この噺は花魁と旦那と牛太郎(男衆)が登場人物である。 旦那が花魁に会いに来たが花魁は会いたくない。自分が断るのでは角が立つから牛太郎に断らせる。 花魁は病気だからと断れば見舞いに来ると言い、病気が重くなって死んだと言えば墓参りに行くという。 仕方がないから墓場に連れていき適当な墓を花魁の墓と偽るが…。 花魁と旦那の競り合いに牛太郎が間に入ってあたふたするという噺である。

誰がやってもこういう噺なのだが観客の笑いが演者によってまるで違う。 おんな噺をしているのにその噺がおかしかったりそうでなかったりする。 なぜか。

演者がその噺をどういうふうに理解し、どういうふうに表現するかがそれぞれ違うからだ。

ある者は花魁を客をより好みする自分勝手な女と解釈する。 別の者は金をもらわなくてもいいから嫌な旦那の顔は見たくない。自分に正直な女と解釈する。 またある者はちょっと具合が悪いからという小さな嘘がお墓参りにまで発展してしまうという成り行きの怖さを想像する。

あらすじは単純だが解釈はそれぞれである。 花魁、旦那、牛太郎、三者三様の性格、事情、思惑を表現するのはひとりの落語家である。 噺を滑稽なものにするか、深刻なものにするか、笑った後で考えさせられるものにするか、退屈なものにするか。 それを決めるのもひとりの落語家である。

この噺をどういうふうに語られたら共感できるのか。それを感じるのは観客である。 噺をする落語家と受け止める観客。両者の共感関係が良ければいい高座が出来上がる。

(2018.8.19)


---舞台---

人生はよく舞台に例えられる。

ある役者は金持ちの役を、ある役者は貧乏人を、ある役者は美人、ある役者はいじわるな継母を演出家から割り当てられる。それぞれの役者が割り当てられた役を一生懸命に演ずる。時には脇役が主役を食ってしまうこともある。それぞれの配役が心を込めて演ずるほど観客に感動を与えることができる。

中には自分の役が気に入らない役者がいるかもしれない。上演中、手を抜いたり投げやりになったりするかもしれない。

一生懸命演じようが手を抜こうが上演時間が終われば舞台そのものが消えてしまう。

舞台の上演時間は2〜3時間。人生の上演時間は70〜80年間。

閉幕があることで言えば同じようなものである。ただし舞台ではカーテンコールがあるが人生では無い。

(2018.1.28)


---M先生の眼---

ある講習会に行って来た。講師はM先生。72才。

子供の時から働いて来たという。初めの職業は板金工。それからいろいろな職業に就いたという。現在はある協会に属して、講習会の講師をしている。

先生はテキストを配布したがこれは使わない。参考までに読んでおいてくれという。

先生が使ったものは自分で作ったテキストであった。パワーポイントで作ったテキストをプロジェクターで見せながら話す。独特の話術で話す。

全部自分の言葉で話すから思わず聞き入ってしまう。昼食後みんなが眠くなる時間帯には脱線して軽い話を混ぜる。いつの間にか聞いている全員が先生の手の内で操られてしまう。見事なものだ。

昼食後、錯視・錯覚というテーマで絵を見せながらクイズめいた話をしていた。そのあと能力を最大限発揮するには、という話になった。

昼食後の眠い時ではダメだという。安静時でもダメ。かといって動転状態、パニック状態ではなおダメ。仕事をしてミスのない状態はその中間にあるという。

そのためにはいつも体の状態と心の状態を良い状態に保つことが大切である。先生は膝を悪くする前はサイクリングをしていたそうだが、今は無理なので週に一度プールで1キロ泳ぐそうである。

心の状態を良い状態に保つためには心配事は一つまでにしておく。二つ心配事があると人間は耐えられない。過去の実例を挙げて話してくれた。同時に二つ心配事を抱え込んだ同僚が二人共自殺した。二つ心配事があったらそのうちの一つは捨てなさい。と言った。

いつも考えていることが大事だ。この間病院で薬の説明書が折り紙のように折ってあった。それを真似してこういうものを作ったんだ。と言って講習会の資料を折り紙のようにしてたたんだものを配布した。

いつもテーマを持っていれば何にでも反応して利用することができる。と言った。

確かにいつでも自分なりのテーマを持っていれば世の中に利用できないものはないのだろう。何事もあるがままに受け入れることのできる曇りのない眼を持っていれば。改めてM先生を見たら澄んだいい眼をしていた。

(2018.1.24)


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