「八五郎永劫回帰」は笑二の新作である。冒頭の「まあまあ、おあがり」という隠居の台詞を「まんまおあがり」と聞き違える八五郎。「道灌」かな? と思わせておいて、ここから先はSFじみてくる。
御隠居さんと話している八五郎は、先代の八五郎から生まれ変わって伊勢屋の若旦那になっている。次にやってきた八五郎は駿河屋の跡取り娘、次は蚊、次は・・・。あれから100年は経っているけど御隠居さんはいつも同じ、どうして? という八五郎に対して御隠居さんは「・・・」と答える。まるでニーチェの永劫回帰の思想をネタにしたような落語である。
「水屋の富」は「長屋の富」の改作では? と思って検索してみたら、れっきとした古典落語であった。水を売って歩く水屋が富くじを買ったら、1,000両当たってしまった。すぐに持ってくなら800両だけど、と言われて800両もらって長屋に帰ってきたものの、金をどこに置いたらいいんだろう。困ったあげく縁の下へ押し込んだ。安心して酒を飲んで寝てしまう。すると、夢に泥棒が現れて・・・。翌朝仕事に出る時に気になってしょうがない。会う人会う人すべての人が縁の下の800両を狙っているように思えてしまう。仕事を終えて縁の下に800両あることを確認して安心し、酒を飲んで寝る。すると夢に・・・。これもなんだか永劫回帰のように思えてきた。
最後の噺は「妲己のお百」。講談からきた話である。軒付けをして稼いでいるめくらの母親と娘がお百にたぶらかされ、娘に吉原に売られ、母親はお百の手下に殺されてしまう。綾瀬の暗がりで母親を殺した手下はかごに乗って帰ろうとするが、いつまで経っても深川にたどり着かない。変に思って駕籠かきに文句を言うと・・・。 前二つは怪奇ものとはいっても、不思議系であった。これは本物の怪奇ものである。お化けの怖さというよりも、人間の怖さがきわ立つ話である。
今日の西荻窪は傘をさすか、ささなくてもいいか、迷うような小糠雨が半日降っていた。一欅庵の中庭は5時過ぎたら薄暗くなっていた。庭木がうっそうと繁り、そこに雨。「怪奇商事3」という表題にぴったりの舞台装置になっていた。
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