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三遊亭兼好・三遊亭萬橘二人会

開口一番のけろよんは兼好の4番目の弟子で今年3年目の前座である。「しの字嫌い」は旦那と飯炊きの権助が言葉にしの字を使ったら謝るという問答噺である。相手になんとかしの字を使わせてとっちめてやろうとする。どこまでも延ばすことができるし、どこで切ってもよいという便利な前座噺である。

けろよんは比較的たっぷりとやったが、並の前座だと途中で飽きるところだが、もっとやってほしいと思えるほど面白かった。話しっぷりも堂々としていてよどみがない。このぶんでは近々二つ目になるだろう。

次に出たのは三遊亭萬橘師匠だ。ということは今日のトリは萬橘か。てっきり兼好かと思ったが。

噺は「死ぬなら今」。大店の旦那が、自分が死んだら地獄に行くだろうが、閻魔大王に賄賂を使って楽に暮らせるように、棺桶の中に全財産を入れといてくれ、と言い残す。そこから始まる噺はくすぐり満載で捧腹絶倒だ。

番頭がいれた財産をお妾さんが横取りして、代わりに谷中町商店会の商品券を入れたり、三途の川を渡るのに松竹梅の3ランクに分かれていて、松はタイタニック号でワイン、デザート付き、梅は笹舟だったり。地獄へ行ったら團十郎は18人、円生は6人、志ん生は5人もいて寄席演劇会は大繁盛。

すったもんだの末、賄賂を贈った旦那は天国へ行き、賄賂を貰った閻魔大王は地獄を追放されて人間界へ追いやられてしまう。死ぬなら地獄に閻魔大王がいない今だ、というオチであった。

演目

沸きに沸いた高座の後、三遊亭兼好師匠は何事もなかったかのように「錦の袈裟」に入って行った。
町内の若い衆が寄ってたかって中(吉原)へ繰り出そうという。ついては趣向としてみんなで錦のふんどしでそろえようじゃないか。ふんどしの工面のつかない与太郎は女房と相談する。女房はとんでもないアイデアを出す。そこから始まるてんやわんや。
町内の若い衆はじめ与太郎の女房、寺の住職、吉原のおいらん等、登場人物の多い噺である。兼好はその一人一人を巧みにデフォルメして滑稽に演じていた。兼好は人物を描写する力は今の落語界では一番ではないだろうか。

仲入り後は兼好で「看板の(ピン)」。ばくち打ち連中が集まって博打の相談。そこへ現れたのは引退した大親分。博打うちたちは尊敬する大親分に胴を取ってもらう。親分は歳をとって目は霞むし耳は聞こえずらい、と言いながらサイコロを壷に入れるが、転がり出て丸見えになってしまう。子分たちは舌なめずりして見えている目に張る。そんなことは百も承知の親分は・・・。
粋なはからいをして去っていく親分を見て感心したチンピラは自分もやってみようと思い・・・。
噺は「粋なはからい」とは正反対の方へ展開してゆく。

トリは萬橘で「子別れ」。まくらで自分の家族の話をして、お得意の自虐ネタから、新しく普請をしようとする旦那と大工の棟梁との会話へ入っていく。材木を見に木場へ行く途中、向こうから子供たちが走ってくる。おや、あれは亀坊じゃないか? という旦那のセリフあたりから徐々に「子別れ」の世界に入ってゆく。

萬橘は「子は(かすがい)」という定番の下げは使わなかった。

子ぼんのうの萬橘はカナヅチで子供の頭を殴ろうとする母親に不自然を感じたのか、今では(かすがい)という言葉が死語になっているのを思ったのか。
鰻屋の2階で子供の存在を忘れて酔ったように会話をする夫婦を見て、おとっつぁんほんとに酒をやめたのか、という亀坊のセリフで締めくくった。

 

(演目)
   ・しの字嫌い----- 三遊亭けろよん
   ・死ぬなら今----- 三遊亭萬橘
   ・錦の袈裟----- 三遊亭兼好
   ・仲入り
   ・看板の(ピン)----- 三遊亭兼好
   ・子別れ----- 三遊亭萬橘

                   
(時・場所)
 ・2024年11月14日(木)
 ・19:00〜21:10
 ・深川江戸資料館小劇場



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