大須演芸場は名古屋の大須観音の裏手にある、中京圏で唯一の寄席である。沿革を見ると、1965年10月1日にストリップ小屋を改造して、落語とコントと漫才を上演する寄席としてオープンした、とある。座席数は1階2階合わせて180席である。新宿末廣亭と上野鈴本演芸場の間くらいの規模である。
出演者は東京、大阪、そして地元名古屋から選ばれている。ここに来ればそれぞれの芸風を楽しむことができる。
今日の前座は地元名古屋の登龍亭幸吉による「出来心」。留守宅に入った泥棒が室内を見回してみると、盗るものが何もない。そこに住人が帰ってくる。あわてて床下に隠れると・・・。泥棒ものの滑稽噺である。
つぎは上方、桂 九寿玉による「近日息子」。近日開店の意味を聞かされた息子が、風邪をひいた親父を「近日臨終」としてしまう。長屋の住人たちがお悔やみに来るが・・・。与太郎ものの落語である。2020年に桂九雀に入門したばかりの九寿玉はとにかく元気な高座で、まだ4年目とは思えないほど流暢にしゃべる。将来有望である。
講談の旭堂鱗林は地元名古屋の講釈師である。演目はおなじみ「姉川の合戦」。早口で時々言っていることが聞き取れなくなる。が、ユーモアたっぷりの話ぶりで、それをカバーしてあまりある。
漫談の田中哲也は漫才コンビの「オレンジ」のメンバーであったが、それは休業中。現在はピン芸人として地元名古屋で活躍している。宮川大助・花子の弟子である。
前半のトリは上方落語の桂二乗である。二乗は桂米二の弟子であるから、大御所 桂米朝の孫弟子ということになる。名門だけに堅実かつ滑らかな話ぶりで聞き取りやすい。噺は「鹿政談」。鹿を殺したら重罪になる奈良の街で、豆腐屋の主人が誤って鹿を殺してしまう。名奉行 根岸肥前守のお裁きは・・・。
仲入り後は東京の落語家 三遊亭遊かりで「厩火事(改)」。相談される兄貴分を姉貴分として描く。別れ話を持ち込まれた姉貴分は「いっそ別れてしまえ」とけしかけるが・・・。
続いて地元名古屋の登龍亭幸福で「ちはやふる」。登龍亭幸福は立川談志に入門するが、5年後に名古屋の雷門小福 門下に移籍する。その後雷門の亭号が登龍亭となり、現在に至る。滑稽噺「ちはやふる」を軽妙に演じる。
太神楽の翁家勝丸は東京の芸人である。芸歴30年。ベテランの芸人さんであるが、本日は調子が悪かったらしく、玉を何回か落としていた。太神楽の芸人さんで玉を落とすのを見たことがないから、稀なことなのだと思う。
トリは東京の落語家 三遊亭遊雀。噺は「蛙茶番」。素人芝居の舞台番に選ばれた半公は地味な舞台番などやりたくない。派手好きな男である。それでも口車に乗せられて何とかやる気になったが、面白くない。
派手なふんどしをして、見せびらかしてやろうと策略する。ところが湯に入った後ふんどしをし忘れてしまい・・・。遊雀師匠の滑稽な仕草に観客一同大笑いとなる。
古びた小屋を予想していたが、大違い。会場はきれいだし、座席はゆったりしていて新しい。改装したばかりのようだ。月曜日の午後の会にもかかわらず、客の入りは上々、6、7割の席が埋まっていた。仲入りの時間に場内でみやげ物やTシャツの販売をするなど、客に対してきめ細かなサービスをしていた。どら焼き3個入り800円を購入した。味はもちろん上々。
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