2026年
|
世界推理短編傑作集3 /
多甚古村 /
遥拝隊長・本日休診 /
カストロの尼 他四篇 /
ブリギッタ・森の泉 他一篇 /
森の小道・二人の姉妹 /
指導と信従 /
世界の文学14 白百合を紅い薔薇に/石さまざま /
神田愛山 半生記 愛山取扱説明書 /
今夜も木枯し /
氷島の漁夫 /
私のドストエフスキー体験 /
霧笛 /
魅せられたる魂 /
日本語の技術 私の文章作法 /
トラや /
論文の書き方 /
劇場 /
メグレたてつく /
メグレと消えた死体 /
孤独な散歩者の夢想 /
荒野のおおかみ /
手紙 /
メグレと老婦人 /
別れを告げに来た男 /
幸福論 /
未見坂 /
おぱらばん /
林達夫評論集 /
クヌルプ /
郷愁(ペーター・カーメンチント) /
或阿呆の一生・侏儒の言葉 /
ポワロの事件簿1 /
春宵十話 /
サン=フォリアン教会の首吊り男 /
メグレと幽霊 /
青春は美わし /
旋風 /
湖畔のアトリエ /
十字街 /
知と愛 /
みずうみ/三色すみれ/人形使いのポーレ /
毎日が日曜日 /
晩夏 /
ある男 /
ベーコン随想集 /
車輪の下で /
春の嵐(ゲルトルート) /
バン・マリーへの手紙 /
定本 坂口安吾全集 第六巻 信長 /
時代小説礼讃 /
老人と海/殺し屋 /
忘れられない一冊 /
漱石紀行文集 /
地図のない街 /
|
--- 世界推理短編傑作集3 ---by 江戸川乱歩編 | |
【三死人】 イーデン・フィルポッツ。舞台は西インド諸島のバルバロス島。殺されるはずのない三人が同じ場所で殺された。探偵は島に渡って捜査するがわからない。イギリスに戻って探偵社の所長に相談する。所長は探偵から渡された資料を見て、事件の謎を解く。これには惹き込まれた。「赤毛のレドメイン家」で有名なイーデン・フィルポッツは生涯300冊の本を書いたが、そのうちミステリーは30冊ほどであったという。 【堕天使の冒険】 パーシヴァル・ワイルド。カードゲームのイカサマについての話が延々と続く。最後まで読んでも、彼らが何のことを話しているのかわからなかった。本当に江戸川乱歩はこの作品を選んだのだろうか。 【夜鶯荘】 アガサ・クリスティ作。この物語は謎解きではなく、サスペンスである。クリスティはさまざまな技を持っている。 【茶の葉】 エドガー・ジェプスン & ロバート・ユーステス。凶器は何であったかという問題。 【キプロスの蜂】 アントニー・ウィン。やはり凶器は何であったかという問題。 【イギリス製濾過器】 C.E.ベックホファー・ロバーツ。密室殺人。少しゆるい密室だが。 【殺人者】 アーネスト・ヘミングウェイ。短いが雰囲気のある作品である。内容がヘミングウェイの文体にぴったりあっている。 【窓のふくろう】 G.D.H & M.I.コール。アリバイと殺害方法の問題。 【完全犯罪】 ベン・レイ・レドマン。犯罪学者トレヴァー博士と刑事弁護士ヘアは完全犯罪について話していた。ヘアはトレヴァー博士が以前解決したある事件について話し始めた。話が進むにつれてトレヴァー博士の顔色が変化していった。正しい完全犯罪とは? 【偶然の審判】 アントニィ・バークリー。切れ味の良い結末には感動した。最後の2行で事件の構造が変化した。アントニィ・バークリーがフランシス・アイルズの本名だったとは知らなかった。アントニィ・バークリーには「毒入りチョコレート事件」、フランシス・アイルズには「殺意」という、それぞれミステリーの歴史に残る名作がある。両方とも未読なのだが。 (2026.7.18) | |
--- 多甚古村 ---by 井伏鱒二 |
1939年の作品。成り立ちを調べると、「村の駐在さんの日記の形をとっていますが、まったくのフィクションではなく、徳島県沖洲村に実在した駐在さんの日記がモデルになっている」と書いてあった。 村の駐在さんの日記形式だが、話題ごとに「歳末非常警戒」や「狂人と狸と家計簿」などの小見出しがついていて、連作短篇集のようになっている。 村で起こった事件や噂話が駐在所の巡査に持ち込まれる。巡査はそのひとつひとつに面倒くさがらることなく対応する。 のんびりした村の出来事であるが、現在各地の町内会でも同じようなことが起きている。以前筆者の住んでいた土地の町内会でも、月に一度の会合は町内の噂話が主体であった。 (2026.7.17) |
--- 遥拝隊長・本日休診 ---by 井伏鱒二 |
2編の中編が収められている。 【遥拝隊長】 1950年作。1950年代はまだ戦争中の風俗が残っていた。傷痍軍人が白い着物を着て、駅前でアコーディオンを引いていたり、国道を戦車が走っていたり・・・。本書の主人公は戦争中頭を打ち、それが元で彼の頭の中は終戦後も戦後になっていない。彼は出会った村人に号令をかけて、皇居に向かって遥拝させる。一種の反戦小説である。 【本日休診】 終戦直後の蒲田駅周辺の人々の暮らしを描いている。舞台の中心三雲病院に来る患者たちはみんな貧しい。病院の顧問三雲八春先生も病院代を半額にしてやったりする。日本人がみんな貧しかった時代の話である。本作は第1回読売文学賞を受賞している。 中学校の教科書に井伏鱒二の「山椒魚」が載っていた。それに影響されて、子供向けの井伏鱒二集を買って読んだ。「屋根の上のサワン」「朽助のゐる谷間」「屋根の上のサワン」と一緒に「遥拝隊長」も入っていたように記憶している。課題図書ではあったが、どれも面白くなかった。今読むと「遥拝隊長」はとても面白い。戦争中、幅を利かせていたのは農家の次男坊三男坊だったという話を聞いたことがある。知識階級の者は居心地が悪かった。遥拝隊長の主人公岡崎悠一も広島の農家の長男であった。 (2026.7.15) |
--- カストロの尼 他四篇 ---by スタンダール |
スタンダールは中世イタリアの古文書の中から女性の恋愛に関する物語を翻訳し、出版した。「イタリア年代記」といわれている8篇の作品である。そこには中世イタリアの貴族の女性の道ならぬ恋とそのゆくえが描かれている。その時代の女性が自由に生きようと思ったら、理想とする恋愛を成就するしかなかったのである。スタンダールは彼女たちの生き方を通して、必ずしも本意でなかった自分の境遇から抜け出す手がかりを求めていたのかもしれない。 本書に含まれる5篇の中短篇を読むと、いずれも「パルムの僧院」の内容と共通するものを持っている。以下の5篇は「パルムの僧院」の原型というべきものであろう。 【ヴァニーナ・ヴァニーニ】 イタリアの公爵令嬢が炭焼党員(カルボナーロ)を恋人として独占するために画策する。 【カストロの尼】 公爵令嬢エーレナ・カンピレアーリと反政府活動家ジュリオ・ブランチフォルテの恋のゆくえ。 【パリアノ公爵夫人】 パリアノ公爵夫人とマルチェロ・カペスの間を疑ったパリアノ公爵は断固たる行動をとった。 【サン・フランチェスカ・ア・リッパ】 カンポバッソ公爵夫人の悲恋。 【ビットリア・アッコランボ二・ブラッチャーノ公爵夫人】 公爵令嬢ヴィットリアの結婚とその前後の事情。 (2026.7.13) |
--- ブリギッタ・森の泉 他一篇 ---by アーダルベルト・シュティフター |
【荒野の村】 荒野の村に住む一家の話。 夫婦と二人の子供たちの数年間を淡々と描いている。 【ブリギッタ】 語り手が旅の途中で出会った男に誘われて、数年後彼のところに滞在する。 荒野にある彼の農場で暮らすうちに、隣人のブリギッタという婦人に紹介される。語り手は、友人とブリギッタとの運命的な関係を知ることになる。 【森の泉】 語り手がある村で聞いた話である。 老人と二人の孫が、村に毎年避暑に訪れた。村には野生的な娘が祖母と一緒に暮らしていた。これは、彼らの数年間の話である。 ー ー ー ー ー シュティフターは多くの作品を残したが、日本で読める彼の作品は以上である。数少ない作品のほとんどが絶版になっており、書店で購入できるのは「水晶 他3篇: 石さまざま」(岩波文庫)しかない。森の作家シュティフターが読まれないのは、日本に森が少なくなってきていることと関係があるのだろうか。 表紙の絵はシュティフターが描いたものである。 (2026.7.9) |
--- 森の小道・二人の姉妹 ---by アーダルベルト・シュティフター |
【森の小道】 お金持ちの青年ティブリウスが森を散歩している時に出会った娘と恋に落ち、結ばれるという話である。 あらすじだけ書くと、ありふれたつまらない物語のように思えるが、ティブリウスが森のなかで迷う場面や、新しい道を発見する場面は迫真力がある。森が主役の物語でもある。 【二人の姉妹】 莫大な遺産を相続し、お金の心配の要らなくなった主人公は長い旅に出る。旅の途中で知り合った老人を訪ねて山奥へ行く。そこには老人の妻と二人の娘が住んでいた。 冒頭主人公は姉妹のヴァイオリニストが出演したコンサートを鑑賞した。「二人の姉妹」というのはこの二人のことかな、と思っていたら違った。物語が半分ほど進んだあたりで出てきた別の姉妹のことであった。 主人公は訪ね当てた老人の家に一ヶ月ほど滞在する。「晩夏」でもそうだったが、当時オーストリアでは親しくなった友人の家を訪れたら、数日もしくは数週間滞在するのが普通だったようだ。家のすべての部屋を案内し、庭や物置まで案内するのが習慣だったようだ。もちろんそこまで親しくならなかったらダメだろうが。 物語は著者の他の作品同様、悪人は出てこない。最後はハッピーエンドになる。 表紙の絵はシュティフターが描いたものである。シュティフターは画家でもあった。 (2026.7.7) |
--- 指導と信従 ---by ハンス・カロッサ |
翻訳者は本書の題名を「わが師わが友」と訳す方が原義に近い、とあとがきで述べている。本書はカロッサが幼い頃から第一次大戦に軍医として従軍するまでのことを思い出して書いたものである。従軍するまでが半分、従軍してからが半分という割合である。 著者の別の本「ルーマニア日記」は第一次大戦でルーマニアに従軍した時の思い出である。戦争体験が著者に与えた影響は大きいものであった。 前半で印象的だったのは、同時代の作家トーマス・マンの文章について、「むごいほど精緻な描写、打つたびごとにつぼにはまるこの的確さ、さらにそのうえ、通人らしく悠揚とした自在な抑揚、・・・」と述べたことである。 もうひとつはリルケに会い、彼の部屋で話し合ったことである。同時代の詩人リルケはカロッサにとって憧れの人であった。 著者は戦争に志願して、軍医として従軍した。従軍してさまざまな兵士と出会い、経験を積むことで彼はこう思った。「俗世にあれば世俗化し、自然の中にあれば自分自身がほとんど植物と化してしまい、洞察力を欠く結果、しばしば自己自身の法則よりも他人の法則を信頼するために、精神の道を歩みぬくことにいたく苦労する者は、私のしたように、ときどきモンベルトの作品を、たとえば・・・をひもといてみるべきだろう」と。著者は医師として社会にいる時と、軍医として戦場にいる時と人間を観察することにおいては少しも変わらることはないと述べている。 (2026.7.5) |
--- 世界の文学14 白百合を紅い薔薇に/石さまざま ---by ケラー/シュティフター |
【白百合を紅い薔薇に】(Das Sinngedicht) ゴットフリート・ケラー 若い科学者ラインハルトは実験に熱中したあまり目を悪くした。その頃読んだローガウの寓詩「きみ知るや、白百合を赤い薔薇にかえる法を・・・」に感銘を受けて、旅に出ることにした。目的は「白百合を赤い薔薇にかえる」こと、つまり理想の娘さんを見つけて結婚することに定めた。 旅の途中、牧師館の娘とか旅館の娘に出会ったが、ピンとこない。やがて夕暮れ時、泊まる場所を求めていた彼はルチアという名の娘に出会い、交渉を始めた。 ここから実質的な物語が始まる。ルチアと話が弾み、世の中の男女の出会いと結婚の有様について意見を交換し始める。 ルチアは、ザロメという名の旅館の娘を取り上げ、愚かな女と愚かな男の結婚の有様を述べた。ラインハルトはお返しに、レギーネという名の女を例に出し、身分の低い女と貴族の男の結婚の実態を話した。 それから二人は「同情による結婚」「一人の女と二人の男の駆け引きによる結婚」「身分を偽ってした結婚」などなど、さまざまな結婚の形態を披露しあう。 二人が話し合うさまざまな形態の結婚の話が本書の中心になっている。本書はいくつかの短篇が、二人の男女が語る形で書かれた入れ子式の短篇集なのである。 最後にルチアは自分自身の少女時代の恋愛体験を語り、ラインハルトに提示した。 悲惨な結果に終わる結婚あり、幸福な結婚あり・・・。本書が書かれたのは1880年であるが、現代でもその形態はまるで変わっていないのに驚いた。 本書は昭和25年に岩波文庫で出ているが、その後絶版になっている。筆者が読んだ本は昭和40年発行の中央公論社「世界の文学」の中の一冊である。こんな面白い本が現在簡単に手に入れることができないのは残念なことである。 【石さまざま】(Bunte Steine) アーダルベルト・シュティフター 本書には6篇の短篇が収められている。それらにはすべて石の名前がつけられている。 「みかげいし」(Granit) 母親に叱られた子供を連れて、祖父は歩いて半日ほどかかる知り合いの家を訪問する。祖父は道中いろいろな話を子供にする。その中にペストで両親が亡くなった子供の話があった。一人取り残された子供が伯父夫婦に引き取られるまでのサバイバルの話であった。 「石灰石」(Kalkstein) 測量士がある村に滞在中雨にあい、雨宿りさせてもらった教会の牧師と親しくなった。牧師は自分の半生を語り、遺言書を測量士に預けた。その内容は・・・。 「電気石」(Turmalin) 電気石とはトルマリンのことである。結晶を熱したり圧力をかけたりすると静電気を帯びる性質があることから「電気石」と名付けられた。 「水晶」(Bergkristall) 中学校の国語の教科書に載っていた。60年ぶりに読んだ。教科書に載っていたのはすべてではなく、途中から途中までだということがわかった。兄と妹が山の中で一晩過ごすところ以外は省略されていた。兄妹を通して両親や祖父母、二つの村の村人たちの関係が浮き彫りになっていて、より深い物語であることがわかった。 「白雲母」(Katzensilber) 姉妹と弟が小さいころ、山の精のような女の子と出会った。子供たちが祖母に連れられて山に行くと、女の子はどこからともなく現れた。女の子はとび色(赤暗い茶褐色)の髪をしていた。ちなみに子供達の姉は金髪、妹は黒、弟は茶色の髪をしていた。家が火事で燃えた時、男の子が家の中に取り残された。その時、どこからかとび色の髪の女の子が現れ、助けてくれた。何年かたち、祖母が亡くなり、父と母も亡くなり、姉と妹はそれぞれの家庭を持った。大人になった末の男の子は山を見ながらとび色の髪の女の子のことを思うのだった。 「石乳」(Bergmilch) 石乳とは鍾乳石のこと。地下水に含まれるカルシウム分が少しずつ晶析して長い年月をかけて形成される。ある城に独身の城主と支配人一家、一家の家庭教師が住んでいた。そこに礼儀正しいフランス軍の士官が訪れ、城の周りを偵察させてほしいと言った。戦争が起き、フランス軍が勝利した。戦争後、その時のフランス軍士官がたずねてきた。・・・。シュティフターの作品には、気持ちがいいほど悪人が登場しない。 (2026.7.2) |
--- 神田愛山 半生記 愛山取扱説明書 ---by 瀧口雅仁 |
神田愛山が大学を中退して講談の世界に入ったのと、筆者が高専を卒業して社会に出たのはほぼ同時期である。愛山が本題に入る前のまくらで昔の話をした時に、その時代の社会の状況とか、流行っていたテレビ番組や歌謡曲の話をした時に筆者もまた懐かしさを感じていた。 「神田愛山半生記」は本文のほぼ半分を占めている。あとは柳家喬太郎との対談、「真打昇進披露興行のネタ帳」、「神田愛山自選三十席」、そして「神田愛山取扱説明書50のQ&A」となっている。 彼の昔の写真が載っているが、表情が固く、話ぶりも固かったんだろうなと想像する。今の愛山は硬軟どちらでもという話ぶりで表情も豊かである。彼の全盛期は今なのではないかと思う。 「神田愛山取扱説明書50のQ&A」は2024年8月10日に、瀧口雅仁氏が席亭を務める向じま墨亭で行われた「神田愛山独演会」で、著者自身が愛山にインタビューした時のものである。たまたま筆者は観客として愛山の目の前に座っていた。文章を読むと、インタビューに答える愛山の口調や表情が浮かんでくる。 愛山は今の講談の隆盛は神田伯山の功績が大きいとし、これから講談界を引っ張っていく人材として、一龍斎貞橘、神田春陽、神田阿久鯉、田辺いちかの名前を挙げている。 また、「敵討ち母子連れ」を自身の講談ダンディズムの極致にある話としている。一度聞いてみたい。 (2026.6.27) |
--- 今夜も木枯し ---by 風間一輝 |
前門のトラ、後門の狼。ヤクザ組織と警察組織の両方から追われることになった百科事典の販売員とタイ人のジャパ行きさん。彼らは舞橋市から外に出ることができない。二人がどのようにして密室化した舞橋市から逃げ出すか・・・。 日本生まれの本格的なハードボイルド小説である。 チャンドラーばりの粋な捨て台詞も楽しい。 (2026.6.26) |
--- 氷島の漁夫 ---by ピエール・ロチ |
原題は「PECHEUR D'ISLANDE」、英語では「FISHER OF ICELAND」。 題名は「アイスランドの漁夫」であるが、登場人物はフランス・ブルターニュ地方の漁夫である。彼らの漁場がアイスランド沖の海域であるため、「アイスランドの漁夫」という題名にしたのだろう。彼らは 本書はメルヴィルの「白鯨」に似ている。「白鯨」の登場人物はアメリカの港町ニュー・イングランド地方から大西洋、太平洋に出かけ、鯨漁に従事する。本書の主人公ヤン・ガオはブルターニュ地方の港町パンポルからアイスランド沖の北海に出かけ、鱈漁をする。 「白鯨」は船の乗組員の視点で語られる。「氷島の漁夫」は漁夫の妻の視点で語られる。両方とも海に飲み込まれてしまうのだが、「白鯨」は当事者の視点で語られるため、冒険小説的な面白さがあるのに対して、ひたすら漁夫の帰港を待つ者の視点で語られる本書は読んでいてつらい。 ピエール・ロチは海軍の大佐として60才で引退するまで世界中の海を見てきた。本書の海の描写が真に迫っているのは、著者の実体験によるものであろう。 (2026.6.24) |
--- 私のドストエフスキー体験 ---by 椎名麟三 | ||
本書は作家椎名麟三によるドストエフスキー体験である。ドストエフスキーを外側から眺めて評論したものではない。 著者は戦前共産党に所属し、そのためにとらえられて刑務所に入っている。刑務所内で転向し、出所後さまざまな職業につきながら、精神の力のよりどころを求めて読書する。ニーチェを経由してドストエフスキーにたどり着く。特に彼の心をとらえたのは「悪霊」であった。 「悪霊」を経由して彼はキリスト教を信仰するようになる。本書に書かれているのはドストエフスキー体験によってキリスト教にたどり着くまでの足跡である。 著者が論じている本は以下の6冊である。
特に「地下生活者の手記」については本書で何度も言及している。 著者は「罪と罰」ではマルメラードフに、「白痴」ではイッポリートに、「悪霊」ではキリーロフに、「未成年」ではヴェルシーロフに、「カラマーゾフの兄弟」ではゾシマ長老とマカール老人に焦点を当てている。この本が単なるドストエフスキー論ではなく、自殺未遂まで企てた著者自身が、生きてゆくために、藁にも縋り付く思いで読んだためであろう。これはあくまでも著者の個人的な体験なのである。 (2026.6.21) |
--- 霧笛 ---by 大佛次郎 | |
本書には大佛次郎の横浜ものが2編収められている。 【霧笛】 1933年、著者35才の時に発表された。戦前の横浜の雰囲気がうかがえる作品である。あぶれ者の千代吉と元軍人のアメリカ人クウパーがおはなをめぐって対決する。一種の冒険活劇ものである。クウパーの造形が西部劇の無口な保安官のようで印象に残った。 【幻燈】 1948年、著者50才の時の作品である。物語の舞台は明治元年から明治9年の間の横浜である。失職した徳川家の家臣は丁髷を結い、両刀を差している。廃刀令が公布されたのは明治9年の3月であった。 本書には過去の横浜や銀座の様子が描かれている。エキゾチックな日本の風景である。 (2026.6.20) | |
--- 魅せられたる魂 ---by ロマン・ロラン |
本書は今では中古でしか手に入らない。筆者が中高校生時代には本書と「ジャン・クリストフ」は必読書で、どこの書店でも手に入ったものだが。現在「戦争と平和」や「カラマーゾフの兄弟」は簡単に手に入ることから、売れるか売れないかが、絶版になるかならないかの決め手になるものと思われる。 本書が絶版になったのは翻訳がまずいせいかもしれない。この訳では全編通して読むことはできない。 どうまずいかというと、直訳なのだ。「この決闘は互角ではなかった。すぐにも、シルヴィはアンネットの命令的なそして哀願的な熱情に気づいた。アンネット自身よりもよく。彼女はそれを試した。爪をかくした手で、そうした風も見せずに、それを弄んだ」というような文章が延々と続く。 フランス人には、こういう単語の並びが無理なく頭に入ってくるのだろう。だが、日本人にはちょっと無理だろう。翻訳は単語を置き換えるだけでなく、その国の文章にしなければならない。 バルザックやモーパッサンやフローベールやシムノンの翻訳文を読んでこんなに読みにくかったことはない。本書は1954年に宮本正清氏によって翻訳されて以来、新しい翻訳書が出ていない。宮本正清という人は、よほど偉いフランス文学者だったんだろう。 村上春樹は、翻訳の寿命は人々の生活の変化からすると、50年くらいだろう、といっている。本書は翻訳されて72年経っている。そろそろ新訳が出ても良いのではないだろうか。 (2026.6.19) |
--- 日本語の技術 私の文章作法 ---by 清水幾太郎 |
本書は岩波新書の「論文の書き方」を砕いた言い方で書いたものである。 著者はピアノを習うことを引き合いに出して、文章上達の秘訣は良い文章を何度も模倣することである、と述べている。ピアノは好きに弾いても上達しない。バイエルを何度も弾くことが肝心であり、それ以外に方法はない。 そのためには、戦後に書かれた文章は避けるべきで、戦前の作家や評論家の文章を真似するに限る、という。「戦後は、骨格のないようなフニャフニャの文章が多いので、あまり真似をしない方が安全です」と述べている。これは著者が明治40年生まれということを考慮しなければならないだろうが。 さらに「文体を真似ることは、その人の精神の働き方を真似することである」と述べ、模倣の重要性を強調している。 著者は戦後増えた漢字悪玉論を嫌い、「甘ったれた幼稚園的民主主義」と呼んで非難している。例として「転轍」を「転てつ」、「退避」を「退ひ」、「皮膚」を「皮フ」と書くことをあげている。 著者は読書や思索によって一段展望が開けることを「転向」または「回心」と呼び、それは人間が精神的に成長するためには必要なことだと述べている。「転向」とか「回心」とは変な言い方だなと、思っていたら、解説で斎藤美奈子氏が説明していた。彼は60年安保までは左翼の論客として活動していた。70年安保では右翼の論客に変貌していた。その間に「転向」または「回心」したらしい。清水幾太郎にとって「転向」は精神が一段上の段階に進むために欠かせないものだった。なるほど、それでか。 (2026.6.18) |
--- トラや ---by 南木佳士 |
8篇の短篇が収められている。 著者は妻を、息子たちを、父親を、義母を、祖母を、同僚の医師たちを、佐久総合病院を、若月俊一院長を、川を、山を、自然を語る。いつの間にか棲みついた野良猫トラとシロを語る。芥川賞を取ったあたりから、通奏低音のように付きまとうパニック障害とうつ病について語る。 思い出は行ったり来たりし、エッセイのような短篇小説8篇で、著者は自分と自分に関わりのあった人間たちと猫たちを語っている。 「他生の縁」。 どこからかやってきて、近所に住みはじめた母猫と2匹の子猫に餌をやり始める。 「厳冬」。 子猫にトラとシロという名前をつける。彼らを家の中に入れる。 「猫の玄関」。 家を建て、病院付属の貸家から移る。その時に猫が出入りできる扉を作る。シロが家出する。 「出来事」。 父親の死を看取る。葬式の間、トラを動物病院に預ける。 「仏壇の裏」。 新居に仏壇を入れる。トラが行方不明になる。いつの間にか仏壇の裏から出てくる。 「老境」。 トラの喧嘩と、著者の高校時代の思い出を語る。食堂で若月院長に意見すると逆襲され、手も足もでない思いをする。 「永訣」。 トラが老衰で死ぬ。 「不在」。 息子たちは東京の大学へいき、妻と二人住まいになる。 (2026.6.17) |
--- 論文の書き方 ---by 清水幾太郎 |
ここでいう論文とは卒業論文とか博士論文というものではなく、知的散文程度の意味である、と著者は述べている。 本書は、昨年読んだ「本はどう読むか」と共に、筆者がHPで文章を作るうえで大変役に立った。 著者がいうとおり、読むことと書くことはそのエネルギーの使い方がまるで違う。読むことは受動的であり、書くことは能動的である。 書くことは、話し言葉とも違う。話し言葉では必ずあいずちを打ってくれる他者がいる。親しい相手に対しては細かい説明抜きで話を進めることもできる。書き言葉はまるで違う。相手の表情を見ながら説明の中身を適時変えるようなこともできない。誰が読んでもわかるように書いていかなければならない。 著者が述べているように、読むだけではその本を理解しているとはいえない。読んだことを自分の言葉で表現することで、その本を自分のできる範囲で理解したことになる。こうして感想を書くことによって、読んだ本に対する筆者の理解が以前より進んだのは間違いない。 著者は観念と経験の距離が東洋人は西洋人より遠い、と述べている。西洋人は観念を表す単語を日常使っているが、東洋人はそういう単語を持っていない。明治初期に (2026.6.16) |
--- 劇場 ---by サマセット・モーム |
これはモーム版「女優ジュリアの生活と意見」という物語である。2章から9章まではジュリアの過去の物語、1章と10章から29章まではジュリアの現在の物語になっている。 最後になってジュリアはひとりでレストランで食事をしながら、周りの客は幻影であって、演技をしている自分こそが真実の存在であると思う。この物語は50才近くになって開眼する女優の試行錯誤の物語といってもいい。 こういう心境は国や人種に関係なく、俳優という種族が持っている独特の感情であろうと思われる。歌舞伎界では女遊びは芸の肥やしと称して、公然と不倫をしている。 本書では、彼女より25才若いトムという若い会計係が彼女の芸の肥やしとなり、のちに捨てられる。モームは世界に共通する女優の生態を淡々と描いている。 (2026.6.14) |
--- メグレたてつく ---by ジョルジュ・シムノン |
「内的なものにしろ外的なものにしろ十分な抑圧を加えられたら、だれでも、法あるいは道徳が非難するような行為を犯しやすいものです」 メグレは罠にかけられた。罠を仕掛けたのは誰だかわからない。そのために彼はパリ警視庁を辞任しなければならなくなる。絶体絶命の危機。 事件が解決された時、読者は人間の心理の恐ろしさを思い知ることになる。メグレは物理的な謎解きではなく、心理的なそれによって事件を解決し、パリ警視庁を辞任せずに済んだのである。 (2026.6.11) |
--- メグレと消えた死体 ---by ジョルジュ・シムノン |
メグレ警視シリーズは謎解きミステリーではない。人間の心理を解き明かすミステリーである。その特徴が最もよく表れているのが本書である。 殺人事件らしきことが起こり、犯人らしきものに行き着くまでは簡単に進む。 問題はその後だ。死体が見つからない。殺人を犯した証拠がない。だが犯人らしきものはいる。 メグレは犯人を心理的に追い詰めようとする。だが犯人はタフだ。 ここから尋問という心理的な闘争が始まる。手に汗握る心理戦である。 (2026.6.9) |
--- 孤独な散歩者の夢想 ---by ジャン=ジャック・ルソー |
ルソーが本書を書いたのは1778年で、その年に彼は66才で亡くなった。本書はルソーのエッセイの3部作の最後の書である。一作目は「告白」で1770年に書かれた。二作目は「対話 ルソー、ジャン=ジャックを裁く」で1777年に書かれた。 本書を購入したのは10代後半だったと思う。何回かチャレンジしたのち読み終えたが、感想としては退屈だった。内容もほとんど覚えていない。 数十年後の現在、筆者の年齢は本書執筆時のルソーよりも上になった。読みおえた感想は10代の頃とはまるで違っていた。これは初老の知識人が日頃考えたことや体験したことを書いた軽いエッセイである。以前読んだ時は難しいことが書いてあると思ったものだが。 ルソーといえば「人間不平等起源論」や「社会契約論」の著者で、その思想がフランス革命の理論的根拠になった偉大な思想家である。また「エミール」では深い人間観察に基づいた教育書の著者として、「告白」では赤裸々な自伝文学を書いた文学者として、さらに童謡「むすんでひらいて」の作曲者としても知られている。 筆者は育児していたころ、「エミール」を実用書として読んだ。その著者が、自分の5人の子供を生まれるとすぐ孤児院にいれ、その後いっさいかえりみなかった、ということを知ったのはだいぶ後になってからだった。子供はいずれも女中との間に生まれた私生児であった。女中とは20数年後に正式に結婚した。 偉大な業績と家庭生活の食い違いには驚かされたが、ヘーゲルやニーチェ、ワーグナーやベートーヴェンの例を見ても、業績は業績、人間性は人間性、それぞれ別物と考える方が妥当であろう。 以下、本書の内容に触れる。 「第一の散歩」では、無理解な世間の非難に苦しむ、まわりより一歩進んだ知識人の悩みが率直に書いてある。こういうことは18世紀でも21世紀でもまるで同じことである。 「第二の散歩」では、辻馬車に跳ね飛ばされて、大怪我をしたことが書いてある。これもまた、18世紀でも21世紀でも同じことである。辻馬車と自動車の違いくらいで。 「第三の散歩」では、冒頭にソロンの言葉「わたしはたえず学びつつ年老いていく」を掲げ、年老いてから学んだことを将来生かせるのか。そもそも将来なんてあるのか、と疑問に思っている。著者は超現実的な人間である。 「第四の散歩」では、子供時代の体験を語り、嘘をつくことについての考察を述べている。 「第五の散歩」では、スイスのビエーヌ湖の中にあるサン・ピエール島に住んでいたころのことを懐かしく思いだしている。 「第六の散歩」では、自分は善行をしてもそれが習慣化したり強制されたりするとやる気が失せる。自分は自由であれば善良であるが、自由を束縛されると心を閉ざす。さらに、自分は本来善良な人間として生まれたが、繊細なため、他人からの悪意を感じるとそれに敵対する、と述べている。ルソーが本書を書いてから250年経つが、筆者は著者の意見にまったく共感した。 「第七の散歩」では、植物学についての情熱を語っている。ルソーは最晩年まで植物に興味を持っていたようである。 「八」では、「どんな境遇にあっても、人がたえず不幸であるのはただ自尊心のせいなのである」「先のことを考えたり、想像したりすれば、それはいろいろとでてくるので、そういう感情がつづいていくからこそ、人は不安になり、不幸にもなる」「悪意をもつものに行き会うと、もうそれだけで気が転倒してしまう。そういう場合にわたしにできることは、ただ、すぐに忘れることと逃げ出すことだ」と述べている。筆者はその意見にまったく共感する。「八」「九」「十」は下書が残されているのみである。 「九」では、妻テレーズとの間に生まれた5人の子供を全員孤児院へ入れたことについて語っている。ルソーはテレーズを女中としてやとい、子供を産ませたのち、20数年後に正式に結婚した。彼女は善良ではあるが、無知な愚か者であり、家族に食い物にされていた。子供の将来に希望が持てなかったからだと述べている。「自分ひとりでいるときにだけ自分の心のままになる。ひとりでなくなれば、身のまわりにいるすべての人々に翻弄される」繊細なルソーには絶えられなかったのであろう。 「十」。この章で著者はヴァラン夫人との思い出を語っている。夫人と著者が出会ったのは夫人28才、著者が17才のときであった。うまくいくはずがなく、二人が同棲したのはわずかな間だったようだ。ルソーは死ぬまで夫人のことを思っていた。彼が女中のテレーズと正式に結婚したのはヴァラン夫人が亡くなってから6年後のことであった。 「付録」。晩年交際していた作家ベルナルダン・ド・サン・ピエールが書いたルソーの日常である。ルソーは朝5時に起き、7時半に朝食をとる。12時半に昼食。1時半にシャン・ゼリゼのカフェにコーヒーを飲みにいく。夕食の後、9時半に床につく。筆者の日常とほぼ同じなので、さらに親近感が増した。 (2025.6.6) |
--- 荒野のおおかみ ---by ヘルマン・ヘッセ | |||
「荒野のおおかみ」のハリー・ハラー(H.H.)はヘルマン・ヘッセ(H.H.)自身のことである。 本作は「ハリー・ハラーの手記」「荒野のおおかみについての論文」「ハリー・ハラーの手記、続き」の3つの章からできている。 「ハリー・ハラーの手記」は現実のハリー・ハラーの生活を描いている。それは現実の50才の知識人の肖像を、彼自身の意識の流れとして描いている。 「荒野のおおかみについての論文」は荒野のおおかみを自称する知識人の内面を分析した論文である。
はじめの章のハリーは「私の小さな仮の故郷で、ひじかけいすと暖炉とインキつぼと絵の具と、ノヴァーリスとドストエフスキーが私を待っていた」と述べる。また、「職務を遂行し、一日や一年の時間配分を守り、他の人に服従しなければならないという観念より、いとわしい空恐ろしい観念はなかった」と述べる。それは自己の主体性を重んじる知識人の思想であった。彼は享楽の世界に憧れてはならなかったのである。 (2026.6.3) |
--- 手紙 ---by サマセット・モーム |
本書には2篇の短篇が収められている。いずれも南洋ものである。モームの南洋ものは「月と六ペンス」「片隅の人生」「雨」など傑作が多い。 「手紙」。 裏切られた女の恐ろしさをこれでもかと描いた作品である。「雨」も恐ろしかったが、こちらも恐ろしい。 「環境の力」。 裏切った男の薄情と裏切られた女の恐ろしさを描いている。最後には熱帯雨林がすべてを飲み込んでしまう。 物語の背景はいずれもマレーシアのゴム林。1930年代から1950年代はマレーシアのゴム林はイギリス人が支配していた。いわゆるプランテーション(plantation)である。 (2026.5.29) |
--- メグレと老婦人 ---by ジョルジュ・シムノン |
舞台は北フランス、海岸近くの寒村。化粧品で一代を成した男の未亡人が住んでいるお屋敷。老婦人が飲み残した薬を飲んでメイドが死ぬ。事故か、殺人か。 老婦人と彼女の義理の息子の要請を受けて、メグレが現地に出張する。 メグレは村の人間関係の中に身を置き、捜査を進める。次第に現れてくる真実。第二の殺人が発生する。/p> メグレ警視は謎解きよりも、人間関係のもつれを洞察することを重要視する。本シリーズはミステリーに分類するより、文学に分類する方が適している。 (2026.5.28) |
--- 別れを告げに来た男 ---by フリーマントル |
ブライアン・フリーマントルの第1作目の作品である。これ以降彼は88才で亡くなるまでに40作の小説と6作のノンフィクションを発表する。 筆者は新潮文庫で発表された順番に読んでいた。「消されかけた男」「明日を望んだ男」「再び消されかけた男」「呼び出された男」の順番であった。そのうち「消されかけた男」「再び消されかけた男」「呼び出された男」はチャーリー・マフィンが主人公である。 フリーマントルの作品はジョン・ル・カレに似ているが、ル・カレほど複雑ではなく、読みやすい。新潮文庫から発売されるたびに新刊で買って読んでいた。 先日所沢の古本まつりで本書を見つけ、懐かしさのあまり購入した。220円であった。 フリーマントルは初期の5、6冊が良い。密度が高く、簡潔な描写でイギリス流のスパイ譚を編み上げていく。10冊目あたりからアメリカのベストセラー小説にならって、本が分厚くなってきた。比例して中身が薄まってきたように感じた。 本書の主人公はエイドリアン・ドッズ。英国外務省の尋問官である。彼はソ連から亡命してきたロケット科学者ヴィクトル・パーヴェルを尋問する。彼が本当に英国に亡命したいのかを判定するためである。彼の第一感は「パーヴェルは亡命するために英国に来たのではない」であった。 それでは何のために来たのか。英国政府の上層部はパーヴェルを早く亡命させて、アメリカに引き渡したいと思っている。ドッズは自分の判断と政府の意向との食い違いの板挟みに悩む。 ドッズは私生活では離婚の危機を抱えている。彼の衣服はいつもしわくちゃになっている。のちにシリーズ化される窓際スパイ、チャーリー・マフィンの原型は本書の主人公エイドリアン・ドッズである。 (2026.5.27) |
--- 幸福論 ---by ヘルマン・ヘッセ |
晩年の14篇のエッセイが収められている。いずれも小説を発表することがなくなった時期のものである。 「中断された授業時間」。 著者が中学生くらいのころの話である。あまり親しくなかったが、好意を持っていた友人オットー・ヴェラーの家へ先生の使いで行く。通知表の署名欄の署名が父親のものであるか確認するためである。父親は留守で、母親がいた。通知表を見せると、母親は何も答えず、泣き出した。著者はそのまま先生に告げる。少年の心理が読者の胸に迫ってくる。 「幸福論」。 原題は「Das Gluck(幸福)」である。論はつかない。10才のころ、世界と自分の意識が未分明の朝の幸福感を著者は詩を語るように綴っている。 「エンガディーンの体験」。 エンガディーンのホテルに滞在中の思い出。ショパンやシューマンの音楽を語り、自作の「ゴルトムント(知と愛)」を語る。 「過去とのめぐり会い」。 たまたま見つけた自分の少年時代の詩について語る。また、日本の読者から送られてきた「車輪の下」の感想文を読み、自分の危うかった少年時代のことを思う。 「マルラのために」。 6人兄弟のうち、たった一人生き残った妹のマルラが墓地に葬られた。彼女の思い出を語る。 晩年のヘッセである。そこには「車輪の下」や「知と愛」で悩み苦しんだ若いヘッセはいない。ヘッセの文学は青春の文学である。青春時代の悩みや苦しみを生の形で表現した作品を彼はわれわれに残してくれた。 (2026.5.25) |
--- 未見坂 ---by 堀江敏幸 |
9篇の短篇が収められている。 ある地方都市に住む人々の話である。9つの短篇はそれぞれ独立しているが、知り合いの名前や、店の名前、土地の名前が他の話にも出てくる。 「戸の池一丁目」。 表題は2系統の路線バスが交差する場所の地名である。古くからそこで店をやっている泰三さんと彼の義母の話。泰三さんの昔と今を語る。 「トンネルのおじさん」。 語り手は中学生くらいの男の子。母親と父親の関係がおかしくなり、夏休みの間母親の兄の元に預けられる。おじさんと山に宿題の工作をするための材料を取りにゆく。 読者の誰もが自分の原点として持っている幼少期のある記憶を呼び覚ましてくれるような作品が9つ収められている。 (2026.5.22) |
--- おぱらばん ---by 堀江敏幸 |
フランス語の「AUPARAVANT(オパラヴァン)」とは「以前」という意味だそうだ。第1章で著者は「おぱらばん」を連発する中国人について書いている。 本書は著者が大学院時代、フランスに留学していた時に遭遇したあれこれについて書いたエッセイ集である。 エッセイとはいっても、これって創作ではないのと思うほど、面白いあるいは非現実的なことが書いてある。短篇集といっても通用するくらい小説風のエッセイが15章収められている。 「ボトルシップを燃やす」という章で、著者はアルセニエフ作の「デルス・ウザーラ」の本と映画の思い出とともに、子供時代空き家に忍び込んだことを語っている。忍び込んだ空き家で友人とともにボトルの中に精巧に組み立てられた帆船を燃やす。本当にあった出来事なのか、想像の中の出来事なのかわからない。たくさんのマッチ棒を導火線のように組み合わせて、火をボトルの中に送り込む作業を必死で行う子供たちの描写は、まるで映画の一コマのように思えた。 「音の環」という章では、晩年脳梗塞で寝たきりになった祖父の思い出と、シムノンの小説「ビセートルの環」の主人公モーグルを結びつけている。モーグルも脳梗塞に侵されていたのだ。 「黄色い部屋の謎」。パリ留学時代知り合った女性の部屋を訪ねると、部屋の中は黄色で統一されていた。そしてそこにはなぜか公園にあるような鋳鉄製のベンチが置いてあった。著者は女性にガストン・ルルーの「黄色い部屋の謎」を読んだことがあるか、と聞くと彼女は、読んでいないと答えた。帰国した著者は新聞の広告欄に「黄色い部屋の回想」という題名の本を見かけ、注文して読んでみた。画家でもある本の著者ジャン・エリオンのアトリエには公園にあるようなベンチが置いてあり、それは・・・。著者の連想は次から次へとつながってゆき・・・。よくできた短篇小説を読んだ気分になった。 「珈琲と馬鈴薯」。市場で見つけた馬鈴薯を買い、おまけに馬鈴薯の花をもらった著者はその店でついでに売っているコーヒー豆をひいきにしていた。区画整理でその市場がなくなることになり・・・。 町で見かけた様々なこと、読んだフランス・ミステリーの数々、見た映画、知り合った人々。著者の感性は触れ合ったものをことごとく取り入れ、それらを組み合わせて新たな物語を紡ぎ出してゆく。あの印象的な短篇「スタンス・ドット」で出会って以来、堀江氏は筆者にとって特別な作家になっている。 (2026.5.21) |
--- 林達夫評論集 ---by 林 達夫 |
京都大学哲学科を卒業した著者は、28才にして東洋大学の教授に就任したのを皮切りに、法政大学、立教大学、明治大学の教授を歴任した。大学で担当した科目はフランス哲学、宗教学、アメリカ史と幅広い。その間「ファーブル昆虫記」やベルクソンの「笑い」を翻訳している。 本書で取り上げているテーマも子育て論、作庭、新聞の偏向について、ソクラテス、プラトン、森鴎外、ベルクソンについて、中世ヨーロッパの絵画について、等々幅広い分野について論じている。 このような人物だからこそ、ファーブル昆虫記を山田吉彦(きだみのる)という桁外れの人物と共訳することができたのだと思う。 以下に著者の歯に衣着せぬ意見を記しておく。 ・ 檻に入れてよいなら入れてしまいたいような批評家があるものだ。いつも四角張って開き直って物を言う批評家、批評を法廷の裁判と心得ている批評家、そして原始人心意を隔世遺伝している「お筆先」的批評家。読者にとっても、作家にとっても、こんなうるさい迷惑な生き物はいない。 ・ 天皇制の歴史は、天皇の利用者の歴史だと考えている。天皇史とは逆立ちしたその利用者の歴史であるに外ならない。 (2026.5.20) |
--- クヌルプ ---by ヘルマン・ヘッセ | |
「早春」「クヌルプの思い出」「最期」の3つの章でできている。それぞれの章は別々に発表された。 「クヌルプの思い出」が「友」という題で出されたのが、日本で初めてのヘッセの作品だった。1909年(明治42年)、雑誌「スバル」第1号に掲載された。 クヌルプは天性の放浪者である。どんなに住みやすくても一カ所に落ち着くことができない。「最期」の章で、彼は冬の路上で神に召される。 本書は、15才で神学校を逃げ出し、17才で町工場の見習い工になり、18才で見習い書店員になったヘッセの精神的自叙伝といえる。 「早春」で良き友人、良き親方に恵まれ、女性から慕われても、ひとり旅立ってゆくクヌルプの姿はそのままハードボイルド小説の主人公である。本書は別の翻訳者では「漂泊の魂」という副題がついている。 (2026.5.17) | |
--- 郷愁(ペーター・カーメンチント) ---by ヘルマン・ヘッセ |
ヘッセ27才の時の処女作である。主人公のペーターの青春時代を描いたものと予想していたが、青春時代は前半で終了し、彼が中年になって精神的に落ち着くころまでの物語になっている。ヘッセの場合、物語を語ることよりも、その時主人公がどういうふうに考えたかを書くことを主題にしているように思える。 たとえばペーターは故郷でこう考える。「昔の老人はいなくなりはしたが、別な老人がちゃんといて、同じような小屋に住んで、同じような名を名のり、同じ黒い髪の子供たちのお守りをしている。顔や動作の点でも、そのあいだに死んでいった人たちと、ほとんど区別がつかない」 筆者も最近そのことを考えている。筆者が若いころ見たような老人はもういないだろうと思うのだが、同じような老人がいるのだ。その老人は筆者と同年齢くらいなのだ。老人は再生産されるのである。ということは・・・。 ペーターはヘッセの分身と思われるが、彼のどの主人公より精神的にも肉体的にもたくましい。何度かの失恋にもへこたれることはない。そして大酒飲みである。 日本の題名「郷愁」は旅から旅の生活をしていた主人公が、中年になって故郷へ帰り父親とともに暮らすことからつけたものと推測される。原題は「ペーター・カーメンチント」(Peter Camenzind)である。ヘッセは自著の題名に主人公の名前をつけることが多い。たとえば、「ゲルトルート」「クヌルプ」「デミアン」「ナルチスとゴルトムント」のように。 ヘッセが盛んに翻訳されていた時代(昭和30年前後)には、本の題名を内容の雰囲気からつけることが流行っていたのだろう。 (2026.5.16) |
--- 或阿呆の一生・侏儒の言葉 ---by 芥川龍之介 |
昭和2年に発表された18の短篇が収められている。著者が睡眠薬自殺した年に発表された作品である。その時の著者の年齢は35才であった。 1892年に生まれた著者の先輩に志賀直哉、谷崎潤一郎、里見とんがいる。夏目漱石は明治の作家、芥川龍之介は大正の作家、志賀、谷崎、里見は昭和の作家というイメージがあるが、年齢的には芥川が一番若い。それぞれ亡くなった時代のイメージによるものであろう。 【或阿呆の一生】 51の詩のような文章で自分の生涯を描いている。10章と13章で夏目漱石について書いている。 【 【侏儒の言葉】 才気にあふれた短章が集められている。たとえば、「女人は我々男子には正に人生そのものである。すなわち諸悪の根源である」「阿呆はいつも彼以外の人々をことごとく阿呆と考えている」などである。才気にあふれすぎていて鼻につく文章もある。 【十本の針】 「わたしたち自身を発見するのは、すなわちわたしたちのうちにいるわたしたちの祖先を発見することである」とは鋭い。筆者も最近になって、自分の行動や思考のあらゆることが、遠い祖先からつながるDNAによるものではないかと思い始めているところである。「わたしたちに最も恐ろしい事実は、わたしたちのついにわたしたちを超えられないということにある」も同様のことをいっている。 【歯車】 数十年ぶりに読み返した。エッセイ風の私小説だ。今読むとごく普通の描写が、当時はシュールな文章に感じた。昭和2年に現代では普通に思える文章で小説を書いたということがシュールなことなのかもしれない。 【本所両国】 新聞に連載されたルポルタージュである。著者が自分が生まれ育った土地を歩いて、エッセイふうにまとめた記事である。これも現代のわれわれから見てごく普通の文章にまとめられているところがすごい。大正の作家にもかかわらず、視点が現代なのだ。 本書にはエッセイふうの文章や私小説が収められている。芥川龍之介という作家は決して昔の作家ではない、ということを本書で発見した。 (2025.5.13) |
--- ポワロの事件簿1 ---by アガサ・クリスティ |
アガサ・クリスティの初期の短篇集である。本書には11篇の短篇が収められている。本書は1924年に発刊された。彼女が「スタイルズ荘の怪事件」でデビューしたのは1920年、30才の時であった。 本作はヘイスティングズ大尉がワトソン役を務めている。ポワロはホームズ役に徹していて、謎解き専門である。処女作の「スタイルズ荘の怪事件」は格調の高い作品であったが、本書はそうではない。いずれの短篇も物語を語るうえで、ページ数が足りない感じを受けた。それでも最後の三つの話は面白かった。 【誘拐された総理大臣】 パズラーとして面白かった。 【イタリア貴族の事件】 何件かの失踪事件のうちこの話が一番面白かった。 【遺言書の謎】 洒落た話で面白かった。 やはりクリスティは面白い。 (2026.5.12) |
--- 春宵十話 ---by 岡 潔 |
著者は数学者である。小林秀雄との対談「人間の建設」でも論じているが、著者は特に教育に関心が高かったようである。 著者は戦後の教育を否定し、情緒を重んじる「道義教育」を推奨する。戦後のGHQ主導による即物的な教育方法は人間を動物的にする、と述べている。 「人の心を知らなければ、物事をやる場合、緻密さがなく粗雑になる。粗雑というのは対象をちっとも見ないで観念的にものをいっているだけということ、つまり対象への細かい心くばりがないということだから・・・」といい、人の中心は情緒である、という。 戦後の高度成長は旧来の情緒的な思考と動物的、即物的な思考がちょうど良い具合に混じり合って可能になったものと考えられる。1990年以降の日本社会の停滞は、 著者が1963年に本書で指摘したことが的中し、日本社会から情緒思考が消え失せたことによるものであると思われる。 著者は数学は紙と鉛筆でするのではなく、散歩をしながらするものである、と述べている。いわゆる計算や計算式は数学的思考とは関係ない、という。それがどういうものか漠然としてわからないが、著者の数学的思考が社会の未来を洞察するのに役立っていることは間違いないようである。 (2026.5.11) |
--- サン=フォリアン教会の首吊り男 ---by ジョルジュ・シムノン |
シムノンの3作目の作品である。1930年、27才である。作風は晩年の作とほとんど変化していない。 事件はパリ警視庁に持ち込まれたものではない。メグレが出張の帰り、駅で挙動不審の男を見たことから始まる。メグレが男のスーツケースを自分のものと交換したことから、男が自殺する。男がなぜ自殺したのかを追っているうち、男を含めて6人の男たちのグループの存在が浮かびあがってくる。 著者はこの作品で自分の青春時代を振り返っている。 シムノンはメグレシリーズを1929年から1978年まで49年間にわたって書いた。これは著者が社会現象の裏側をメグレの目を通して追求したからできたのだと思う。新聞の三面記事と思えば良い。毎日のように同じようではあるが、深く探るとそれぞれ事情の異なる事件が起きている。ネタは尽きることはない。 (2026.5.10) |
--- メグレと幽霊 ---by ジョルジュ・シムノン | |
1976年、著者73才の時の作品である。冒頭で地方警察の熱心な刑事ロニョンが撃たれて病院に運ばれる。物語の間、彼は意識不明のまま入院している。 メグレは事件の捜査を開始する。ロニョンが若い女の部屋に入り浸っていたことが判明する。彼の家には身体障害者の妻がいる。 思わぬところから事件の全容が明らかになってくる。それはメグレの推理と言うよりも、自然にメグレの前に現れてくるかのようだった。メグレものを読むことは推理を楽しむのではなく、目の前に展開されるパリの情景や、登場人物たちの感情の流れを味わうことである。 「犯罪事件において、正常な人間しか出てこないというのは気勢がそがれるものだ」というメグレの述懐が物語の本質を表している。 (2026.5.8) | |
--- 青春は美わし ---by ヘルマン・ヘッセ |
本書にはヘッセの初期の短篇2篇が収められている。「旋風」に入っている短篇4篇とほぼ同時期に書かれたものである。 【青春は美わし】 都会で働いている語り手ヘルマンは久しぶりに帰郷する。故郷には両親と弟と妹がいる。彼はそこで妹の友人のヘレーネとアンナと知り合う。二人に恋したヘルマンは何週間かの休暇を過ごした後、再び都会に戻る。甘酸っぱい思い出とともに。 【ラテン語学校生】 食堂の上階に下宿しているラテン語学生のカールはその家の女中仲間の一人ティーネに恋をする。ティーネは大工の職人と婚約し、カールは学業に専念する。 ヘッセは十代の時に読むべき作家である。70代で読んでも感動するのだが、十代の頃とは感動の深さが違う。 (2026.5.7) |
--- 旋風 ---by ヘルマン・ヘッセ |
本書にはヘッセの初期の短篇4篇が収められている。 【旋風】 18才の語り手が釣りに行き、ダウンバーストにあった経験を描いている。突然のダウンバーストにあい、風景が一変してしまう様子と男女の関係を対比して描いている。 【大理石材工場】 24才の語り手が大理石工場の娘に恋し、プロポーズする。他が彼女には親が決めた婚約者がいた。悲恋の物語である。 【少年時代から】 少年時代友達だったブロージーの思い出を描いている。 【秋の徒歩旅行】 国木田独歩の「武蔵野」と「忘れえぬ人々」を合わせたような作品である。語り手は徒歩でどこまでもゆく。行く先々の風景や人々との出会いを語る。行く先は10年前の恋人の住むところ。 本書も絶版になっている。 (2026.5.6) |
--- 湖畔のアトリエ ---by ヘルマン・ヘッセ |
本書は1914年、ヘッセ37才の時の作品である。解説によると7才年上の婦人と別居し、離婚した当時のことを書いている。ヘッセの作品は新潮文庫で数多く出版されているが、本書は「旋風」「流浪の果て」「婚約」「ガラス玉演戯」とともに絶版になっている。現在全集でしか読むことができない。 登場人物はヨハン・フェラグートという画家と彼の妻、そして18才くらいと8才くらいの息子たちの4人である。画家と妻の関係はうまくいっていない。そして彼と長男の関係もギクシャクしている。彼は下の息子を可愛がっている。 現在の日本でもよくある家族の情景である。たいていは子供たちのために夫婦のどちらかががまんして暮らしている。だが夫が繊細な芸術家の場合、一緒に暮らすことは困難になってくるのではないか。 こういう日本の中間小説によくある題材は文庫本で売れることはないのでは・・・。以前より文庫本を出している出版社の数は多いが、各社売れるものでないと出版しない。少し前の国内の作家の作品はほとんど絶版になっている。外国の古典でも名の通ったものでないと絶版になってしまう。本書も中古市場で1,000円以上、Amazonでは10,000円以上で売られていた。 (2026.5.5) |
--- 十字街 ---by 久生十蘭 |
本作品の舞台は1933年のパリ。パリで生活している二人の日本人が街を散歩している場面から始まる。 のんびりした場面から始まる物語は徐々に暗い政治の世界に巻き込まれてゆく。物語の背景は1933年のスタヴィスキー事件と1934年の2月6日事件である。スタヴィスキー事件は金融業者スタヴィスキーによる疑獄事件であり、2月6日事件は右翼団体と退役軍人による大規模な暴動である。いずれもフランス現代史における重大な事件である。 登場する4人の日本人は事件に巻き込まれ、一人は殺され、二人は重傷を負う。 著者は1929年から1933年にかけてパリに遊学していた。登場する日本人にリアリティがあるのは、当時のパリで生活していた著者自身の体験によるものだろう。 題名の十字街とは十字路の意味である。 (2026.5.2) |
--- 知と愛 ---by ヘルマン・ヘッセ |
原題は「ナルチスとゴルトムント」。ナルチスとはギリシア神話に出てくるナルキッソスのドイツ語読み、英語読みではナルシス。ナルシストの語源である。ナルシスは自分しか愛せない少年。ゴルトムントのスペルはGOLDMUND。GOLDは金、MUNDは口、金の口という意味になる。弁舌達者という意味か。世間との関わり合いを示しているのかもしれない。 本書は1930年、ヘッセ53才の時の作品である。これより後の重要な作品は1943年の「ガラス玉演戯」となる。 全20章のうち前半の5章と後半の5章はナルチスとゴルトムントの話。中盤の10章はゴルトムントの放浪の話となっている。15、6才で修道院にはいったゴルトムントは3年間くらい見習い修道士をつとめたあと、脱走する。のちに修道院に戻り、マリアの彫像を3年間かけて彫り上げる。再び脱走し、約半年で戻ってくるが、衰弱して死ぬ。その時の彼の年齢は書いていないが、5才くらい年長と思われるナルチスが修道院長になっているから、ゴルトムントの初期の放浪期間は数十年にわたっていたことが推察される。彼は生涯のほとんどを放浪していたことになる。 ナルチスはカトリックの司祭のため、生涯独身。ゴルトムントは戒律とか規則にとらわれることを嫌う。放浪する各地で頼りにするのは女性の愛。彼が自由に放浪できたのは女性の恩恵による。女性と芸術が彼の生きる目的になっている。ヘッセは本書でこの対照的な二人の友情を描いた。 筆者がヘッセを読んでいたのは主に十代後半である。社会人になってから読んだのは「荒野の狼」のみであった。ヘッセは青春時代独特の熱気を書いた。青春時代の筆者はその熱気に酔うようにヘッセを読んでいた。 最近になって「デミアン」を読み、「春の嵐」を読んだ。ヘッセは必ずしも青春時代の熱気だけを書いたのではない、ということに気づいた。青春時代の熱気を苦く後悔する初老の作家の気分を感じた。 以前本書を読んだときには、ゴルトムントの考えや行動に共鳴して、ゴルトムントに同化したように読み進めていったようだ。読後しばらくの間茫然となった記憶がある。今はゴルトムントに同化するよりむしろゴルトムントの彫刻の師匠ニコラウス親方の気分で読み終えた。読む年齢によって解釈が異なり、著者の別の意図が見えてくる。それが古典を読む楽しみのひとつなのかもしれない。 (2026.5.1) |
--- みずうみ/三色すみれ/人形使いのポーレ ---by シュトルム |
3篇の短編が収められている。 【みずうみ】 湖のほとりのホテルに泊まっている老人。彼は湖を眺めながら回想する。若い頃の彼は植物学の研究と引きかえに、当時付き合っていた女性を捨ててしまう。若い頃には目の前を色々なことが通り過ぎる。何を捕まえて何を素通りするかの選択はその時の気分次第だ。何かを得て何かを失う。それは仕方のないことである。彼が老人になった時、いかに大切なものを素通りしてしまったのかがわかり、ぼう然とする。 【三色すみれ】 ドイツ語では三色すみれという名詞は継母を意味するようだ。新しく母親になった女性と幼い娘との微妙な関係。 【人形使いのポーレ】 パウルゼンという名の職人と知り合いになった語り手は、彼から徒弟時代の思い出を聞く。 「みずうみ」は以前読んだことがある。わずか数年前だが、その時とはだいぶ印象が違った。今回は余韻が深かった。その時も老人だっはずだが、読む時期によって印象は異なるものだ。両方とも図書館から借りた本だが、古典はいつでも読めるように蔵書として持っていることが大事だと思った。 (2026.4.26) |
--- 毎日が日曜日 ---by 城山三郎 |
1976年(昭和51年)当時ベストセラーになり、その題名は流行語になった。 当時会社に入りたての筆者は本書を読んで、とても面白かった記憶がある。 数十年後の現在、改めて読んでみると、やはり非常に面白かった。経験する前と後、ビフォー・アンド・アフターといった感じだ。 著者は「毎日が日曜日」という題名を二通りの意味で使っている。ひとつは定年退職した笹上の境遇、もうひとつは閑職に左遷された沖の境遇である。当時、世間では主に前者の意味で使われていたと思う。 筆者は現在、定年退職して「毎日が日曜日」の境遇にあり、在職中、何度かエアポケットのような閑職に就いたことがある。ここで描かれている二人の主人公、沖と笹上と共通するものがあり、共感できた。 また本書には出張の多い商社マンの仕事と家庭が描かれていて、それもまた筆者の在職時代の境遇と共通していて興味深かった。 (2026.4.25) |
--- 晩夏 ---by シュティフター |
本作品が書かれたのは1857年である。この年代の他の文学作品を調べたら以下のようになった。   1. 1839年 赤と黒(スタンダール)   2. 1841年 モルグ街の殺人(E.A.ポー)   3. 1857年 本書   4. 1869年 戦争と平和(トルストイ)   5. 1880年 カラマーゾフの兄弟(ドストエフスキー) 本書の語り手とその父親、そしてリーザハ男爵の生き方は「アンナ・カレーニナ」のリョーヴィンに近い。彼らは自分を厳しく律して生活している。リョーヴィンは農業に独自の工夫をして悲惨な農民の生活を改善しようとした。本書の登場人物たちはそれぞれ自分自身の生き方を律しようとしている。本書の3人の生き方はより現代人に近い。19世紀の小説に出てくる人物たちはまわりを変革しようとするが、個人生活を変革しようとする意識はない。アーダルベルト・シュティフターは19世紀の作家だが、20世紀の意識で小説を書いたように思える。 「晩夏」という題名は、「回顧」の章で、「こうして私たちは、落ち着いた幸福の中に、言うならば夏のなかった晩夏を送っているのです」という、リーザハ男爵の言葉から来ている。 劇作家フリードリヒ・ヘッべルは本書を世界で一番退屈な本と評し、ニーチェは本書をドイツ文学の宝と評した。翻訳者の藤村浩氏はヘッべル派が圧倒的多数であろう、と述べている。全17章のうち、最後に近い16章で、リーザハ男爵が自身の過去を語っている。彼のある時期の出来事はドキドキするくらいドラマチックである。が、そこにたどり着くまでの800ページは、男爵が語り手とかわす、絵画、中世の家具、建築物などの話題と語り手の地理調査のための高地トレッキングの描写で占められている。著者シュティフターは画家でもあったため、絵画についての描写は専門的で詳細である。興味のある人には受けるだろうが、万人に受けるとは思えない。
筆者はたとえドラマチックな部分がなくても本書を興味深く読んだ。それはリーザハ男爵の意見のひとつ一つに共感できるからである。例えば以下のような・・・。 「私は自己の行動の主人でありたい、自分がなすべきことを自ら構想し、自分だけの力で実現したいと思いました」 「人から助けてもらうのが嫌いで青年時代は不従順でわがままだと言われ、成人になってからは頑固であると非難されました」 「ただ規則を守るためとか、与えられた枠を完全にするための行動は、私にとっては苦痛でした」 「私には官吏になるために必要な二つの点が欠けています。一つは服従の才覚で、いま一つは全体の中に積極的に参加して、眼に見えない目的のために精を出して働く才覚です」 「人間は人生の道を自分自身のために、自分の能力を完全に発揮するために選ぶべきであります。それによって、その人なりに全体のために最もよく奉仕する結果になります。・・・ただ人類に奉仕するためにのみ自分の道を選ぶなどと言うことは、最も重い罪悪というべきでしょう」 また、リーザハ男爵は読書の方法として、「普通の作品は一部を読んでも何にもならないので、終わりまで読みますが、偉大な作品は全部読み通すことがほとんどありません。偉大な作品はいつもそのどこかを読んでいます」と述べている。はて、自分にとっての偉大な作品とはなんだろう、と考えてしまった。 本書は一度読んだだけでは、著者が書いたすべてを理解することはできない。版画家のアックスマンが書簡に書いたように、最低3回は読まなくてはいけないだろう。 (2026.4.23) |
--- ある男 ---by 平野啓一郎 |
チャンドラーやロスマクの著作はハードボイルドといわれ、依頼を受けた探偵が失踪者を探すうちにその人物や周囲の人々の人生に触れてゆくというものである。 本書の基本的な構造はそれに準じている。探偵は在日三世の弁護士に、失踪者は戸籍交換者という枠組みに変え、それぞれの関係性を複雑にしているが。 探偵役の弁護士の家庭の状態を書くことで、探偵自身の背景と失踪者の背景が明らかになってゆく状況をダブルで描いている。読者としてはどちらに肩入れしながら読めば良いのか迷うところである。 筆者は失踪者の原誠よりも城戸弁護士に興味を覚えた。最後になって彼の家庭がバタバタっとまとまってしまうのに物足りなさを感じた。 (2026.4.16) |
--- ベーコン随想集 ---by フランシス・ベーコン |
59篇のエッセイが収められている。本書の原題は「ESSAYS」である。フランシス・ベーコン(Fancis Bacon)は1561年生まれの哲学者、神学者、法学者、政治家、貴族である。専門が細分化された現代と違い、16世紀では専門分野の境界が明確に分かれていなかった。 本書は6年ぶりに読んだが、各章を新鮮に読むことができた。ベーコンが人間社会や個人の状態を深く真剣に考えている証だろうと思う。 「両親と子供について」や「大胆について」、「旅行について」など、6年前と同じ箇所に感心した。また、6年前には注目しなかったが、感心した箇所もあった。たとえば、「美について」や「怒りについて」など。 「美について」では、「顔立ちの差は皮膚のそれにまさり、礼儀正しくて上品な動作の美は顔立ちのそれにまさる」などはまったくその通りである。映画で見る魅力的な女性は、モデルのような整った顔立ちではなく、表情が豊かで知性的、そして立ち居振る舞いが優雅である。 「怒りについて」では、怒りの原因と動機を「傷つけられることに鋭敏すぎる」、「加えられた危害を完全な侮辱であると理解し解釈する」、「自分の評価を傷つけられたと考えることは怒りを何倍にもし鋭くする」の3つの状態に起因すると考える。 ベーコンは16世紀の人だが、その意見は現代社会にもぴったり当てはまる。人間の社会や生活はどんなに文明が進んでも変わらない、と思う。 (2026.4.14) |
--- 車輪の下で ---by ヘルマン・ヘッセ |
ヘルマン・ヘッセは1877年に生まれ、1962年、85才まで生きた。彼の人生は必ずしも順調とはいえなかった。年譜を見ると、15才の時神学校を脱走し、ノイローゼの治療を受けた。自殺未遂ののち、高校に入るが、翌年退学、書店に勤めたがすぐやめた。17才の時時計工場に勤めた。18才の時書店に勤め始めた。書店を何店かかわったのち、27才の時「ペーター・カーメンツィント」で作家デビューする。その後何回かのノイローゼ治療、3回の結婚、弟の自殺を経験し、1946年、69才の時ノーベル文学賞を受けた。1962年、睡眠中に脳内出血のため死亡した。 彼が社会で生きづらい思いをしたことは彼の年譜から想像することができる。ヘッセは生涯青春の光と影を書いた。 「車輪の下」は中学か高専時代に旺文社文庫で読んだ。主人公のハンスに自己投影して夢中で読んだ。今回数十年ぶりに読んでみたが、かつて読んだ時と印象がだいぶ違っていた。当時深刻に思えたハンスの悩みが、それほどではないのではないかと感じた。 優秀な成績で入学したが、徐々に成績が落ちてゆくのは仕方がないことだ。成績が優秀だったのは勉強に集中できていたからで、15才から上の年代になると、自分の周りの世界が急に広がってきて、学ぶべきことは勉強だけではないということに気づく。筆者もそうだった。ハンスの悩みは同年代の者が誰でも経験することだろう。 ハンスの死は自殺か事故死かわからない。数十年前は自殺だと思ったが、今読むと必ずしもそうではないな、と思う。酒に酔って衝動的に川に入りたくなったのかもしれない。 ヘッセの年譜によると、15才の時に神学校を退学し、ノイローゼの治療を受け、自殺未遂を起こしている。ハンスとヘッセの共通点の多さから考えると、自殺とするのが自然かもしれない。ヘッセはハンスが川に入る場面を書いていない。解釈を読者にゆだねるということだろう。 (2026.4.13) |
--- 春の嵐(ゲルトルート) ---by ヘルマン・ヘッセ |
ヘッセの著書の原題の多くは人名である。本書「春の嵐」は「ゲルトルート」、「郷愁」は「ペーター・カーメンチント」、「知と愛」は「ナルチスとゴルトムント」というように。ヘッセが盛んに翻訳された1950年代の流行であったのか、それとも当時の日本人が名前だけの題名に慣れていなかったのか。最近では村上春樹翻訳の「キャッチャー・イン・ザ・ライ」や「ロング・グッドバイ」、「リトル・シスター」など、原題通りの題名にすることが多いようである。 「春の嵐」という言葉は小説の中程に一回だけ出てくる。青春時代の不安定な心の状態をあらわす言葉として。ヘッセは85才で亡くなるまで大人になりきれなかった小説家である。彼は生涯青春を描いた。彼は同年代の作家トーマス・マンとは正反対の立場にいた。 ゲルトルートは主人公の音楽家クーンが生涯憧れた女性である。彼女はクーンの友人ムオトと不幸な結婚をする。ムオトは自分の感情を制御できない男である。彼は何人も女性を変えるが、誰にも満足することができない。クーンはゲルトルートとムオトの不幸な生活を見ながらどうすることもできない。
「人は年をとると青年時代より満足している。だが、それだからといって、私は青年時代をとがめようとは思わない。なぜなら、青春はすべての夢の中で輝かしい歌のように響いて来、青春が現実であったときよりも、いまは一段と清純な調子で響くのだから」、これは小説の最後の文章である。 青年時代は馬鹿なことを平気でするが、つまらないものであれ何かを生み出していた。年をとった今は馬鹿なことはしない。だが、何かを生み出すこともなくなった ヘッセは1910年、33才の時にこの小説を書いた。 (2026.4.10) |
--- バン・マリーへの手紙 ---by 堀江敏幸 |
本書は岩波書店の「図書」に連載された25のエッセイが収められている。 いずれも日常の何気ない話題から始まる。「バン・マリーへの手紙」は小学校低学年のころ、牛乳をストーブの上に乗せた水を張った洗面器に、さらに洗面器を浮かべ、その中に牛乳を入れて温めた記憶から始まる。そのことを日本では湯煎というが、フランスではバン・マリーというらしい。著者はそのことをなぜバン・マリーというようになったかを調べる。旧約聖書の故事からきているそうだ。 「火事と沈黙」はやはり小学生のころ、近所の家が火事で燃えた記憶から始まる。それが著者の中で、ベン・シャーンの展覧会に行った記憶、そしてリルケの「マルテの手記」に結びついてゆく。 「崩れを押しとどめること」は地下鉄で50才台と思われる息子が老母を背負って階段を降りてゆく場面に遭遇した。そのことが「倒木更新」という単語を思わせ、幸田文のエッセイ集「木」に結びついてゆく。頼る者と頼られる者の逆転ということを思い、転ぶことは崩れにつながる。そしてそれは「滅びる」という言葉につながってゆく、と考察している。 日常の何でもなさそうなことから、連想を自由に働かせてゆくと、思っても見なかったところまでたどり着くことがある。25篇のエッセイはそれぞれ著者の自由な想像の結果である。 (2026.4.9) |
--- 定本 坂口安吾全集 第六巻 信長 ---by 坂口安吾 |
坂口安吾の長短編21編が収められている。長編は「信長」、中編は「真書 太閤記」、その他は短篇である。 【信長】 織田信長が日本の歴史に登場するのは、彼が28才の時、宿敵今川義元を破った桶狭間の戦いからである。本作は信長15才の時から始まり、桶狭間の戦いで終わっている。信長の青少年時代を、少ない文献を豊富な想像力で補いながら描いている。信長は歴史に登場してからも、登場する前も独自の思想で行動していた。しきたりや慣習にとらわれない生き方は現代人のさらに上をいっていた。生まれつきそういう人間だったのであろう。それにしても現在残されている信長の肖像画はどんなもんだろう。そういった破天荒の性格がまったく表現されていないではないか。本物の信長の顔はああいう顔ではなかったにちがいない。 【真書太閤記】 「信長」と同時代、猿と呼ばれていたころの秀吉。桶狭間の戦いで終わっている。秀吉の時代はまだ来ない。坂口安吾という作家は長編を書くのに向いていなかったのだろう。 【桂馬の幻想】 茶店の娘と将棋指しの不思議な関係を描いている。不思議としか言いようのない関係である。 【狂人遺書】 秀吉、死の間際の遺書である。朝鮮出兵を悔やみ、秀頼の関白就任を願う老醜の秀吉を描いている。「真書太閤記」での溌剌とした秀吉は影も形もない。 【青い絨毯】 以前同人誌をやっていたころ、芥川龍之介の甥で葛巻義敏という同人と過ごした思い出。青い絨毯とは芥川家の葛巻の部屋に敷いてあったものである。 (2026.4.8) |
--- 時代小説礼讃 ---by 秋山 駿 | |
著者は最良の時代小説としてプルタルコスの「プルターク英雄伝」とスタンダールの「ナポレオン覚書」をあげている。彼らは戦闘の場面を感情を交えず明晰に描いた。著者は「読者の常識を小馬鹿にしない、感受性を低級な詐欺でごまかさない」ことが大切である、と述べる。さらに「作者が無気力の中にいれば、それだけ読者は不幸の中にいるのだ」と述べている。 著者は時代小説家として柴田錬三郎と五味康祐をあげ、称賛している。「柴田錬三郎氏こそ昭和30年から現在に至るまで、10年間を剣を描き続けた第一等の作者であった」、「五味氏の時代小説などは、いわゆる凡百の歴史小説などよりずっと上にあるものだ」、「柳生武芸帳こそ無数にある時代小説の中で、随一の傑作である」と述べている。 著者は本書で柴田錬三郎、五味康祐、坂口安吾、白井喬二、中里介山、津本陽、藤沢周平、隆慶一郎を論じている。司馬遼太郎については一言も言及していない。 (2026.4.1) | |
--- 老人と海/殺し屋 ---by アーネスト・ヘミングウェイ | |
本書には「老人と海」と「ニック・アダムス・ストーリー傑作選」の新訳が収められている。 【老人と海】(The Old Man and the Sea) サンチャゴは18フィートのカジキマグロと格闘し、釣り上げるのに成功する。港に帰る途中、船縁に吊るしたカジキマグロはサメに食われてしまう。一年分の収入がなくなってしまったが、サンチャゴはなんとなく満足げだ。老人の挫折の物語とも、英雄譚とも取れる作品である。 【インディアン・キャンプの出来事】(Indian Camp) ニック・アダムスものである。この時のニックは10才前後。医師の父親とともにインディアンの女性の出産に立ち会う。妊婦の夫は妻の叫び声に耐えられず、自殺する。感情を抑えて、事実のみを簡潔な文章で描いてゆく。ヘミなグウェイ・スタイルである。 【医者とその妻】(The Doctor and the Doctor's Wife) 雇人と口論になり、腹立ちまぎれに帰宅した医師が、妻と話しているうちに徐々に落ち着いてくる。息子のニックを迎えに行くころはすっかり元の冷静さを取り戻している。会話の積み重ねで、感情の変化を表現してゆく。 【十人のインディアン】(Ten Indians) ニックの失恋話。 【この世を照らす光】(The Light of the World) 大人になったニックが友人とバーに入る。娼婦が三人いた。アリスという名の太った娼婦が昔の恋人のことを話した。 【あるボクサーの悲哀】(The Battler) ニックは貨物列車にただ乗りして放浪している。あるところに焚き火をしている男がいた。男と話していると友人らしい黒人の大男が戻ってきた。初めの男がニックにからんできた。二人の男は映画「スケアクロウ」のアル・パチーノとジーン・ハックマン、「真夜中のカーボーイ」のジョン・ボイトとダスティン・ホフマンの関係みたいで興味深い。 【殺し屋】(The Killers) 有名な作品である。ニックがバーで飲んでいると、二人組の男たちが入ってきた。男たちは手袋をつけたままサンドウィッチを食べ始めた。印象的な発端である。 【遠い異国にて】(In Another Country) ニックはヨーロッパで外人部隊に所属している。負傷して病院にいる時、手に負傷したイタリア人の少佐に会った。 【湖畔の別れ】(The End of Something) ニックと恋人が湖で釣りをしている。二人の会話から徐々に、この二人はうまくいっていないんだなと思わせる。 【アルプスの情景】(The Alpine Idyll) ニックが友人とアルプスのふもとの町で食事をしている。そこへ農夫と寺男が入ってきた。二人は農夫の女房を埋葬してきたばかりである。ニックとその友人はバーの主人から異様な話を聞くことになる。 【父とその息子】(Fathers and Sons) ニックは幼い息子を連れてドライブしている。息子はニックに話しかける。かつてニックが父親に話しかけたように。 ヘミングウェイは短いセンテンスを積み重ねてその場の情景を的確に描き出す。読者はヘミングウェイの感動を追体験する。現在ではスコット・フィッツジェラルドの方が文学的に上だという定評を多く見受けるが、筆者はそうは思わない。明らかにヘミングウェイの方が感動が大きい。 (2026.3.30) | |
--- 忘れられない一冊 ---by 週刊朝日編集部 編 |
ひとり2ページが割り当てられている。簡潔に、しかも自分の特徴を出しながら、82人のゲストそれぞれが思い入れのある本を紹介している。 【奥野修司】 ノンフィクション作家。アマゾンの奥地で移民の調査中、泊まったホテルで「草合」に出会った。「草合」(くさあわせ)は夏目漱石の「坑夫」と「野分」が入った合本である。この本のおかげで著者はホームシックにならずに済んだ。 【菊地秀行】 作家。父親が入院中、待合室にあった藤沢周平の「闇の梯子」を読み、藤沢周平に夢中になった。 【桐山英樹】 作家。気になった本で、一度読んでわからない本は、いつまでも手元に置いて繰り返し読む。ヘッセの「デミアン」は著者にとって特別な本で、おそらく一生繰り返し読み続けるだろう。 【芳賀 徹】 比較文学者。妻との出会いから現在までの思い出を語りながら、一冊の本を紹介する。 【中島誠之助】 古美術鑑定家。あの中島誠之助が若い頃マグロ漁船に乗っていたとは。船のカイコ棚のベッドで毎晩読んでいた本は五味川純平著「人間の条件」。 【久田 恵】 ノンフィクション作家。村上春樹著「ノルウェイの森」についての思い出。 【松田美智子】 作家。最悪の状態にいた頃読んだ、クリスティの「春にして君と離れ」の思い出。 【森永卓郎】 経済アナリスト。笠原一男著「転換期の宗教」。筆者も宗教を分析した本には興味がある。 この本は4年前に読んでいるが、その時とは筆者の興味の対象が微妙に違っているのが面白い。 (2026.3.28) |
--- 漱石紀行文集 ---by 夏目漱石 |
夏目漱石は明治から大正にかけて活動した作家である。その時代のどの作家と比べても、その文章は現代的である。昭和初期の作家と比べても現代的である。特徴は一文節あたりの文章が短いことである。必要最小限のことを書いていく。その連続が独特のリズムになっている。ヘミングウェイやハメットら、ハードボイルド作家の手法に似ている。「坑夫」はそのままハードボイルドになっている。朝日新聞に連載した「満韓ところどころ」はその手法で書かれている。 【満韓ところどころ】 漱石は42才の時、満鉄総裁の中村是公に招かれておよそ一ヶ月半、満州朝鮮の旅に出た。こんなに長期の旅行は胃弱の漱石としては珍しいことである。本作はその時のルポルタージュである。 【倫敦消息】 イギリス留学中の話である。漱石が留学していたのは33才から36才までの3年間である。本作はイギリスから正岡子規と高浜虚子にあてた手紙を構成して、虚子の雑誌「ホトトギス」に発表したものである。 【自転車日記】 イギリス留学中、下宿の婆さんが漱石が部屋にこもりすぎているのを見かねて、気分転換に自転車に乗ることを勧めてくれた。自転車に乗れるようになるまでのことを書いたものである。これも雑誌「ホトトギス」に掲載された。 【余と万年筆】 漱石は「彼岸過迄」まではつけペンで書いていた。その後ペリカンの万年筆に換えたが、具合が悪い。そのうちに内田魯庵がオノトの万年筆をくれた。使ってみると具合が良い。それからは万年筆で書いている、という話。 その他「京に着ける夕」「入社の辞」「元日」「病院の春」「初秋の一日」など。 (2026.3.27) |
--- 地図のない街 ---by 風間一輝 |
本作のマクガフィンは山谷の住人の死の謎だが、著者が書きたかったのはそれではない。 著者は本書の三人の主人公たちの断酒までの生態を克明に描いている。三人は断酒をしている最中に謎を追いかける。 謎は最後になって取ってつけたようら解明される。主題は断酒の過程なのである。アルコール中毒者が断酒するまでの間にどんな恐ろしい目にあうかを著者は描き出す。まるで著者自身の経験であるかのように。 この本はミステリーの範疇には入るだろうが、ミステリーとしては出来が悪い。元々著者はミステリーを書こうとしていないのである。 (2026.3.25) |
--- by 風間一輝 |
私立探偵とヤクザの組長が協力してある謎を追いかける。一見あり得ない設定だが、著者の風間一輝はそこに現実味を持たせる。一見本文とはなんの関係もなさそうに思えるプロローグもそのための伏線になっている。 本作の主人公は元プロボクサーで私立探偵の室井。彼はボクサー時代にジムの会長を殴り殺し、逃げている身である。15年の時効まであと2年余り、ひたすら警察を避ける生活をしている。 室井に協力するヤクザの組長・国分は東北大学法学部を出ている。父親の組長の跡を継いでヤクザになった。 その二人の出会いとなぜ協力することになったのか。それがこの小説の重要なモチーフになっている。 マレーシアの港町マラッカで私立探偵の室井とヤクザの組長・国分が別れていく場面は、映画「さらば友よ」でアラン・ドロンとチャールズ・ブロンソンが別れる場面を彷彿させる。 本書はイラストレーターから作家に転向した風間一輝の、「男たちは北へ」「地図のない街」に続く3冊目の作品である。 (2026.3.24) |
--- 漱石追想 ---by 十川信介編 |
漱石を知る49人の追悼文を集めたものである。49人の中には漱石の弟子たちはもとより、俳句仲間や医師、植木屋、お手伝いさん、芸妓までいる。最後の章では妻や息子や娘も登場する。 彼らはいずれも親しみをもって師匠、旦那、患者、客、夫、父としての漱石を語っている。読んでいるうちに自分まで、夏目漱石の近くにいた者のように感じる。 【教師としての漱石】 先生の講義ぶりは実に要領を得ていて、どんな難解な句でも軽妙な比喩なんかで極めて平易に説明してのけられる。 【 〃 】 僕は先生の初めの一句の説明において、そのキビキビしたあかぬけの下、しかも真摯犀利な講義ぶりに参ってしまった。 【弟子の思い出】 この二葉の絵はがきは、今は永遠に先生の記念となって、僕が先生を想うのよすがとして持っている。ああ先生はついに逝かれたのである。 【 〃 】 先生は相手の心の動きを感じすぎるために苦しむ人である。先生は相手の心の純不純をかなり鋭く直覚する。 【編集者の思い出】 漱石はあの座談風の言葉を2000人もの聴衆で埋めている会場に行きわたるように発声することができる。これには全く驚かされた。 【同僚の思い出】 夏目漱石君は長者の風のある人、客扱いのうまい人、人によって話をせられる人であった。雄弁の人は概して客には話させないものだが、夏目君は客にも話させ、自分も話されるという方の人であった。 【痔の手術をした医師】 佐藤恒祐医師の話は「明暗」の冒頭で津田が痔の手術をしてくれた医師と会話する場面に生かされている。 【鏡子夫人の話】 鏡子夫人が娘の死を語る「雛子の死」は、「彼岸過迄」の中の一章「雨の降る日」で漱石が書いた娘の死とシンクロしている。 漱石は日記に「意識が滅亡しても、俺というものは存在する」と書いた。彼の作品群やこのような本がある限り、夏目漱石という存在は永遠にそこにある。 (2026.3.23) |
--- フィリップ短篇集 小さき町にて ---by シャルル=ルイ・フィリップ |
29の短篇が収められている。ここに収められている短篇は著者の故郷であるフランスのセリイーという町に住む人々のことを描いている。老人もいれば若者も子供もいる。警官もいれば泥棒もいる。乞食もいる。ここには著者が子供時代に目にしたあらゆる人々が描かれている。1910年頃のフランスの片田舎の話なのであるが、筆者の子供時代の日本のことであっても不思議ではない。 本書は1908年頃書かれ、著者の死後1910年に出版された。岩波文庫版は淀野隆三訳で1935年に発行された。筆者が手に入れたのは1991年版第27刷の岩波文庫である。今年3月神保町の古本屋で手に入れた。購入価格は100円であった。 【帰宅】 菊池寛の「父帰る」のような話。黙って出てゆき、数年ぶりに帰宅した夫。妻は夫の友人と同棲していた。夜半家を出て行く夫。「父帰る」と違うところは夫を追いかける者がいなかったことである。 【ある生涯】 肉体労働者として働いたボネの生涯。彼は仕合わせにも働けなくなる前に死んだのである。という一行で結んである。男の一生としては、これに勝る幸せはない。 【片意地な娘】 【火つけ】 片意地になって損をする娘とマッチで火をつけて遊ぶ男の子。両方とも経験がある。人ごとではない。 【隣どうし】 隣あって住む一人暮らしの老女。反目しているが、一人が離れて住むことになった時・・・。 著者は1874年フランスのセリイーの町に、木靴師の息子として生まれた。1909年チブスに脳膜炎を併発して亡くなった。35才であった。 (2026.3.19) |
--- 片道切符 ---by 風間一輝 |
4篇の短篇が収められている。題名はすべて死に関係している。 【冥土の土産】 主人公は殺し屋の 【地獄の沙汰も】 殺し屋烏堂が凄腕の殺し屋「手長猿」に狙われる。神出鬼没の「手長猿」を相手に殺し屋としての技術を尽くして戦う烏堂の行動が本書の読みどころになっている。4篇の中で一番面白かった。 【三途の川】 前作で生き残った敵を相手に戦う烏堂の活躍を描いている。なかなか姿を現さない敵の正体は・・・。 【成仏しろ】 今回のターゲットは元米軍の海兵隊員である。戦いのプロを相手にしてひるむ烏堂の姿を描いている。 本書は生前の風間一輝が刊行した最後の作品である。 (2026.3.15) |
--- 河を渡って木立の中へ ---by アーネスト・ヘミングウェイ |
本書は「誰がために鐘は鳴る」の10年後、1950年に書かれた。第二次大戦の5年後である。 本書の約60パーセントが51才のアメリカ軍大佐と18才のイタリア人貴族の令嬢レナータの会話で成り立っている。会話の20パーセントが恋人同士の睦言、80パーセントが大佐が語る戦争体験のモノローグである。ヘミングウェイは自身の戦争体験を51才の大佐と18才の伯爵令嬢の会話を通して語りたかったようだ。 18才の女性が中年の男の戦争体験に興味があるとは思えず、無理な設定であった。さらに戦争を語りだけで表現するのは読者を退屈させる恐れがあった。本書は世界中の読者に受け入れられなかった。日本でも全集には入っているが、新潮文庫に入ったのは昨年のことである。 本書の前に書かれた「誰がために鐘は鳴る」は1973年に、翌年に書かれた「海流のなかの島々」は1977年に文庫化されている。 不評であったとはいえ、ヘミングウェイの作品である。会話は魅力的で、戦争に関するモノローグは説得力がある。退屈せずに読み終えることができた。特に小説の20パーセントを占める鴨猟の場面は臨場感があった。 筆者の好みとしては、本書の翌年に書かれた「海流のなかの島々」である。これは前作の反省からか、動きのある小説で、海洋冒険小説の先駆的な作品であった。 (2026.3.13) |
--- 哲学入門 ---by ヤスパース |
ヤスパースによるラジオ講演「哲学入門」の全訳である。講演は1949年秋、バーゼル放送局から12回にわたって放送された。 ヤスパースは「哲学とは何ぞや」に始まり、「包括者について」「神と哲学」「無制約的な要求」を語っている。さらに本書の付録で、古代が現代までの哲学者の紹介と、彼らが哲学史に残した功績について述べている。 本書で著者は挫折について述べている。「人間が挫折をどのように経験するかということは、その人間を決定する要点であります」と。人生で何度も挫折を経験した著者は自分の体験からそう述べている。 この本を読むと哲学についての概要がわかるようになっている。だが難しい。「第三講 包括者」で脱落しそうになった。包括者という概念がどう考えてもわからなかった。 たまたま最近録画してあったTV番組「100分で名著」でヤスパースが取り上げられていて、その中で包括者についてわかりやすく説明されていた。それを見て包括者のイメージがつかめたので、その講を乗り越えて第十二講までたどり着くことができた。 哲学者はある概念を考案するがそれを言葉で説明することはない。哲学が難しいのは新しく考案された言葉の概念を、哲学者と共有することが難しいためだ。特にカント以降の教壇哲学者たちの言葉は難しい。 著者はこれから哲学を学ぼうとする若者たちに、どんな哲学者を選んだらよいかを語っている。著者はショーペンハウアーとかニーチェではなく、プラトンとかカントを学ぶべきであると述べている。彼らによってあらゆる本質的なことが獲得されるだろうと述べている。 本書は一般的な入門書ではない。ヤスパースがドイツの不特定多数の聴取者に対して、自分の哲学の全体を噛み砕いて説明したものである。いわばヤスパースの哲学の概論ともいうべき内容の本である。 (2026.3.10) |
--- 宗方姉妹 ---by 大佛次郎 |
本書は1949年に刊行された。序の章は著者によって1972年に加筆された。 序の章はある登場人物のモノローグになっている。彼は満州の安東市の副市長で区画整理事業の責任者でもある。事業の半ばで終戦となり、本土へ引き上げなければならなくなる。 本書の主な登場人物は女性三人、男性三人である。女性は節子、満里子の宗方姉妹と戦争未亡人の真下頼子。男性は姉妹の父親・宗方忠親、節子の夫・三村亮助、姉妹の幼馴染・田代宏である。田代宏は真下頼子の愛人であり、節子の恋人でもある。満里子も彼に憧れている。 安東市の副市長だったのは三村亮助で、彼はこの作品の裏の主人公である。表の主人公は題名通り宗方姉妹である。 真下頼子以外の登場人物は戦後満州から引き上げてきた者たちである。中でも三村亮助は事業の半ばで、すべて放り出して帰国しただけに精神的に立ち直れないでいる。最後に自殺のような形で亡くなったのはそのことが影響しているのだろう。 真下頼子はパリに滞在していた頃の田代宏の恋人である。親から引き継いだ会社を経営している。金持ちの遊び人として登場するが、物語が進むにつれて徐々に彼女の心の陰影が描かれてくる。宗方姉妹を表の主人公とするならば、裏の主人公は彼女であろう。 本書の解説者は村上春樹の「ねじまき鳥クロニクル」と本書を俎上にあげて、満州という共通項を鍵に両作品を分析している。 筆者が以前勤めていた会社の創業者は満鉄出身の技術者だった。満鉄時代の数人の仲間と共に会社を立ち上げたのである。 筆者の父親は戦中兵隊として中国に駐留していた。戦後ソ連軍に捕えられ、シベリアに抑留された。生前その時の話をしたことがなかった。 小津安二郎は刊行の一年後に本作品を映画化している。配役は、節子に田中絹代、麻里子に高峰秀子、田代に上原謙、三村亮助に山村聰であった。山村聰はこの作品でブルーリボン賞の主演男優賞を受賞している。 (2026.3.6) |
--- 旅路 ---by 大佛次郎 |
著者の「帰郷」は長い旅から帰ってきた男の話であった。本書もその題名から同じようなテーマの話かと思っていた。違った。本書の旅路はリアルの旅ではなく、人生を旅に見立ててのことであった。 1980年代に読んだはずなのだが、内容をすっかり忘れてしまっていた。もしかしたら初めだけ読んで途中下車していたのかもしれない。 若い女性が鎌倉の叔父を訪ねてくるが、叔父は留守でいない。場面は変わって、老教授とその弟子が佐渡を出て新潟行きの船の中で何か哲学的な話をしている。旅路の話ではないな、と判断してその辺でやめてしまったのかもしれない。 今読んでみると、妙子と良助の若いコンビより、木津という老教授と岡田素六という老人の哲学的な会話の方が興味深い。本書は若者と老人のそれぞれのコンビの話が主体になっている。 若者の話は恋愛関係、老人の話は生き方の問題になる。両者がほぼ同じ割合で出てくる。もちろん若者と老人の絡みもある。 若者たちが直面する結婚観は小説が書かれた1952年当時では新しかったと思われるが、現在から見ると古臭く感じる。だが、基本的には同じかもしれない。 (2025.3.3) |
--- 決闘・妻 ---by チェーホフ |
【決闘】 重要な登場人物は3人。軍医のサモイレンコ、役所に勤めるライェフスキー、動物学者のフォン・コーレンである。物語の途中から登場するフォン・コーレンは初めからライェフスキーに対して悪意を持っている。悪意は徐々に成長し、最後には決闘ということになる。 両者の友人である軍医のサモイレンコは穏やかな人物である。二人のいさかいをなだめようとするが、ふくれ上がった憎悪をなだめることはできない。二人は破滅に向かって突き進んでゆく。 穏やかな作風と思っていたチェーホフに、このような作品があることに驚いた。 【妻】 六等官パーヴェル・アンドレーヴィチは妻と家庭内別居状態である。彼は用事にかこつけては妻の部屋を訪れるのだが、まるで相手にされない。彼はどうして自分が妻に嫌われているのかわからないでいる。 妻のナターリヤ・ガヴリーロヴナは、几帳面で自尊心が強いが、行動力が乏しい夫の性格に嫌気がさしているらしい。夫婦のやりとりを読むうちに、彼らが19世紀のロシアではなく、現代の日本にいるような気がしてきた。 (2026.2.24) |
--- ともしび・谷間 ---by チェーホフ |
【美女】 旅の途中、語り手が出会った美女二人について書いている。 【ともしび】 旅の途中、語り手は、鉄道建設中の工事現場で出会った技師と酒を飲みながら語り合う。技師は若いころ出会った女との一夜について語る。翌朝、工事現場は活気を取り戻し、技師は普段通り仕事についていた。 【気まぐれ女】 誠実な男と浮気な女の話。 【箱に入った男】 獣医イワン・イワーヌイチと中学校教師ブールキンは連れ立って猟に出る。その日は村長の家の納屋に泊まった。ブールキンは村長の内気な妻を見て、同僚のベーリコフを思い出す。あの男もまた・・・、と語りだす。 【すぐり】 獣医イワン・イワーヌイチと中学校教師ブールキンは猟の途中、知り合いのアリョーヒンの家に泊まる。イワン・イワーヌイチはブールキンとアリョーヒンに、自分の弟について語り始めた。 【恋について】 翌日、アリョーヒンはイワン・イワーヌイチとブールキンに、自分の若いころ経験したある人妻への恋について語り始めた。 【谷間】 ある一家の歴史を描いている。ロシアの庶民の典型的に暮らしである。 【僧正】 僧正が亡くなる前の一日の生活を、彼自身の視点から描いている。 【いいなずけ】 結婚式直前にマリッジブルーになったナージャは婚約を解消し、ペテルブルグに発つ。ナージャの行動に「かもめ」のニーナの姿がダブる。精神的に独立しようとする女性の姿を描く。 チェーホフは人間の暮らしをありのままに表現する。大げさな表現をせず、話にオチもつけない。なるべく自分の感情を加えず、状況を正確に書こうとする。それでいてどこかあたたかい視線を感じる。 日本の作家でいえば志賀直哉や国木田独歩のようである。 (2026.2.20) |
--- フロベールの鸚鵡 ---by フローベール |
ジェフリー・ブレイスウェイトという引退した医師を語り手として、15章にわたってギュスターヴ・フロベールという作家のさまざまな側面を描いている。 小説は「フロベールの鸚鵡」から「そして鸚鵡は・・・」までの章で、時にはエッセイ風に、時にはフロベールの愛人の手記の形で、時には年譜風の形式で、フロベールに関する話題を提示している。 フロベールという作家は文学史の中で特定された位置に置くことのできない人であるようだ。トルストイやツルゲーネフのようなロマン派ではなく、ジェイムズ・ジョイスのような前衛派でもない。「近代リアリズム小説の巨匠」といわれたり、「現代小説の先駆者」といわれたりもする。 いわばぬえのような立場にいるらしい。筆者には「ボヴァリー夫人」や「感情教育」のどこが特殊なのかわからない。それらはごく普通の小説に思える。 著者ジュリアン・バーンズにとって、フロベールという作家は、それを題材にして小説を一冊書いてしまうほど興味深い人物であった。 筆者にとっては本書はその形式の斬新さからも、フロベールという人物を知るという意味においても、実に興味深い作品であった。 筆者が本書の存在を知ったのは、本書が発行された1989年であった。週刊誌の書評で本書を知り、興味を持った。図書館で読んだのか、書店で立ち読みしたのか忘れたが、なんだか難しい本だなと思い、パラパラめくったきりでそのまま読まずにいた。つい最近、古書店で見つけて購入した。37年ぶりに本日完読した。本との出会いは読んだものも読まないものもそれぞれだと思った。 (2026.2.16) |
--- 大石良雄・笛 ---by 野上弥生子 |
【大石 「ひたすら安易な束縛のない生活が送りたかった」、「できることならば、そんなことは当分忘れていたかったのである」、「考えるだけでも億劫で、非常な重荷に感ぜられた」、という考えは何かやらなければならなくなった時に普通に考える。 赤穂藩の家老大石内蔵助は討ち入りという大事を、一年以上心の中に抱え込んでいなくてはならなかった。ものすごい重圧だったろう。時には妻を相手に爆発することもあったが、最終的に彼はそれを成功させた。雌伏時代の大石の心境を描いている。 【笛】 著者の女の一生ものの一編である。著者には他に「或る女の話」「鈴蘭」「染井より」「こころ」などがある。 子供が結婚した時、親が同居するしかなかった時代の話である。小津安二郎監督は「東京物語」で同様の問題を描いている。経済の問題ばかりではなく、精神の独立の問題として、現代でも通用する問題である。 (2026.2.14) |
--- ねじの回転 心霊小説傑作選 ---by ヘンリー・ジェイムズ |
【ねじの回転】(The Turn of Screw) 本作は40年前に送られてきた家庭教師の手紙という形で構成されている。昔あるところでこういうことがあったという形式である。そこで起きたことは固定化され、一般化されることになる。 当時(19世紀)、英国に限らずヨーロッパでは教養のある女性が職業を持とうとすれば、家庭教師になるしか道はなかった。家庭教師は主人より下、家政婦や召使より上という立場であった。彼らの生活はシャーロット・ブロンテの「ジェーン・エア」やドストエフスキーの「未成年」で知ることができる。 語り手の家庭教師は20才を過ぎたばかりの女性である。彼女はマイルズとフローラという兄妹を託される。主人はロンドンにいて、屋敷には家政婦のグロースさんと召使、それと兄妹が住んでいた。マイルズは10才、フローラは8才であった。この屋敷には以前クイントという召使とミス・ジェスルという家庭教師がいた。二人とも亡くなっていた。 このような状況の中で家庭教師はさまざまなことを考える。クイントとミス・ジェスルはどういう関係だったのか。二人はなぜ死んだのか。子供たちとミス・ジェスル、子供たちとクイントとの関係はどのようだったのか。そのうちに家庭教師はクイントやミス・ジェスルの姿を見るようになる。 手紙の文章がそのまま家庭教師の不安な意識の流れを表現している。すでに亡くなっている人物を見るようになったのは、家庭教師の追いつめられた神経によるものであろう。なぜ追い詰められるようになったのかは書かれていない。当時の家庭教師の不安定な立場や、20才を過ぎたばかりの若い女性が大きな屋敷で中間管理職的な立場に立たされたことの不安など、さまざまな問題があったのだろう。 追い詰められた神経によって幽霊を見る、ということは三遊亭圓朝の「真景累ヶ淵」の主題になっている。「真景累ヶ淵」は「ねじの回転」が書かれた1898年よりも40年前の1859年に作られている。本作やマルセル・プルーストの「失われた時を求めて」、ヴァージニア・ウルフが「灯台へ」とつながる意識の流れをモチーフにした作品が三遊亭圓朝から始まっているとはいえないかもしれない。だが、ヨーロッパの絵画界に革命をもたらした印象派が日本の浮世絵から始まっていることは定説になっている。一見関係のない事柄が底の方でどのようにつながっているかはわからない。 【古衣装の 【幽霊貸家】(The Ghostly Rental) 幽霊話であるが、幽霊は登場しない。主人公の娘はどうして幽霊のふりをしたのか、毎月父親に渡す金をどのようにして稼ぐのか、彼女の婚約者はどうなったのか。そのような疑問に著者は答えてくれない。 【オーウェン・ウィングレイヴ】(Owen Wingrave) オーウェン・ウィングレイヴは軍人になるための養成所から、突然脱退した。それは教師にも家族にも予想外であり、期待外れであった。その後に彼がとる行動も誰にも予想がつかないものであった。 【本当の正しい事】(The Real Right Thing) ジョージ・ウィザモアはある作家の伝記を書くために、その作家の書斎を借りて執筆をしていた。彼は執筆が進むにつれて、人の気配を感じるようになった。亡くなった人の気配で、その意思を感じとるという、著者の特色が色濃く出た作品である。 ヘンリー・ジェイムズはラヴクラフトやクライヴ・バーカーやリチャード・マシスンのようなホラー作家にはならなかった。彼はジェイムズ・ジョイスやヴァージニア・ウルフやウィリアム・フォークナーの先駆者として、二十世紀文学の創始者となった。彼は「意識の流れ」を書くという現代文学に欠かせない手法の創始者となった。 (2026.2.13) |
--- 作家の顔 ---by 小林秀雄 |
表題の「作家の顔」は5、6ページの短いエッセイである。北条民雄、フローベール、D.H.ロレンス、正宗白鳥について思いつくままに書いている。作家の顔についての考察が書かれているわけではない。 「思想と実生活」 トルストイ、ドストエフスキー、フローベールについて、彼らの文学と実生活について考察している。彼らの性格や実生活が、その作品ほど立派なものではないということは周知のことである。作家ばかりではない。大哲学者といわれる人たちについても同様のことがいえる。カントは変人、ニーチェは偏屈、ハイデガーは利己主義者でナチズムの信奉者であった。 「志賀直哉」「志賀直哉論」 同時代人としての志賀直哉についての考察である。 「菊池寛論」「菊池さんの思い出」 同時代人としての菊池寛について書いている。編集者と書き手としての関係のあった菊池寛について、その私生活について貴重な思い出を語っている。 「中原中也の思い出」 中原中也と小林秀雄は長谷川泰子を挟んで特別な関係にあった。当時、中原中也と長谷川泰子は同棲していた。中也17才、泰子20才であった。中也の友人であった小林秀雄が泰子に惹かれた。その時小林は22才であった。小林は泰子を奪い、同棲した。年齢的にはこちらの方が釣り合っている。その後小林は泰子から逃げた。奈良に逃げて、2年間帰ってこなかった。小林は本章で「中原に関する思い出は、このところを中心としなければならないのだが、悔恨の穴は、あんまり深くて暗いので、私は・・・」と書いている。さらに「驚くほど筆まめだった中原も、この出来事に関しては何も書きのこしていない」と書いている。 三人の関係については2025年に公開された映画「ゆきてかへらぬ」に描かれている。監督は根岸吉太郎、長谷川泰子役に広瀬すず、中原中也役に木戸大聖、小林秀雄役に岡田将生が扮した。筆者は興味はあったのだが、配役がそれぞれのイメージに合っていないと思い、見に行かなかった。 「ニーチェ雑感」 ニーチェの一生で、彼を本当に驚かした書物が三つある。21才の時に読んだショーペンハウエルの主著(「意志と表象としての世界」と思われる)、35才で出会ったスタンダールの「赤と黒」、43才、偶然フランス語訳を手にしたドストエフスキーの「地下室の手記」・・・。という前書きから「地下室の手記」についての考察が始まる。小林秀雄はドストエフスキーに対する思考性が強い。 本書には、そのほか「ランボオについて」「パスカルのパンセについて」「チェーホフについて」のエッセイが入っている。 (2026.2.6) |
--- 大絵画展 ---by 望月諒子 |
ゴッホの「医師ガシェの肖像」をめぐるコン・ゲーム小説である。 扉に「ポール・ニューマンとロバート・レッドフォードに捧ぐ」と記されている。もちろん二人が主演した映画「スティング」に敬意を表した表題である。 「スティング」が1973年に公開された時、ポール・ニューマンは48才、ロバート・レッドフォードは37才であった。映画はアカデミー賞作品賞を受賞している。公開当時、筆者はロードショーで見たが、すっかりだまされてしまった。 ゴッホの絵はゴッホ生存当時1、2点しか売れなかったのは有名な話である。新宿のSOMPO美術館の出口付近にゴッホの「ひまわり」が展示されている。ひまわりのわりにはくすんだような色合いで、当時80億円で購入したということを知らなければ素通りしてしまいそうな絵である。本作のモチーフになっている「医師ガシェの肖像」もイラストのような絵で、大きさも10号前後と小さい。取引価格を知らなければ素通りしてしまうのではないだろうか。 本書を読むと絵画界と絵画取引の裏側がわかる、という副産物がある。 (2026.2.4) |
--- 紛争でしたら八田まで ---by 田 素弘 |
総選挙の最中、麻生太郎元総理のインタビューをユーチューブで見ていた。さまざまな質問のあい間に、最近読んだ漫画は?、と聞かれた。漫画オタクの麻生氏は、おめえらにはわかんねえだろうな、という表情で、本書の題名をあげた。すぐ次の質問へ移り、麻生氏の予想通り質問した記者はこの漫画を読んでいないようだった。 筆者も子供時代以外にはほとんど漫画には触れていない。漫画に関して何を言われても、へー、としか答えられない。 どんな質問にも皮肉を効かせてまともに答える麻生氏のような人が感心する漫画というのはどのようなものなんだろう。興味津々で購入してみた。 漫画とはいっても内容は硬派で、スラスラと読み進むことはできなかった。絵を見ながら、じっくり文章を読んでいくというやり方で、一冊読むのに結構時間がかかった。 第1巻は「ミャンマー企業紛争編」「タンザニア魔女狩り騒乱編」、第2巻は「イギリス酒場で酔狂乱闘編」「ウクライナ愛と暴力と資金提供編」となっている。それぞれの紛争地帯で地政学リスクコンサルタントの八田百合が大活躍する。彼女の武器はプロレス技。1、2巻で繰り出した技は「シャイニング・トライアングル」「チキンウィング・スープレックス」「アナコンダバイス」「スリーパーホールド」「後ろ回し蹴り」など。銃器は苦手である。 日本は現在紛争地帯とはいえないが、尖閣列島や北方領土がいつ紛争地帯になるかわからない状況である。台湾海峡が紛争地帯になっただけでも、石油タンカーの航路が阻害され、日本経済に大きいダメージを与える。地雷が埋まっている地域を無防備で歩いているような状況ともいえる。世界で起きていることはいずれ日本でも起きる。すべての日本人はその意識を目覚めさせておく必要がある。 (2026.2.3) |
--- ヘンリー・ジェイムズ短篇集 ---by ヘンリー・ジェイムズ |
【私的生活】(The Private Life) スイスの景色の良いリゾートホテルに滞在中の男女。知り合い同士の何組かの男女が旅先での交際を楽しんでいる。語り手は作家。彼以外はカップルで滞在している。メリフォント卿は画家、クレア・ヴォードレーは作家、ブランチ・アドニーは女優、その夫はヴァイオリン奏者である。 ある時、ブランチ・アドニーは「クレア・ヴォードレーがふたりいるとすれば、メリフォント卿は結局ひとりもいないのではないかしらと思うのよ」と言い、それがこの小説のテーマになっている。公的生活と私的生活をはっきり区別する英国人の生活様式は、アメリカ人である著者には興味深いものがあるものと思われる。 著者はアメリカ人だが、最終的に英国のロンドンに永住した。作品のほとんどが英国を舞台にしている。 【もうひとり】(The Third Person) 2人のオールド・ミスが英国の古い屋敷を相続する。2人はいとこ同士だがそれまで面識はなかった。2人は屋敷を金に変えて分配するのではなく、そこに一緒に住むことにした。 小説は孤独な女性2人の共同生活を描いて、心の交流とすれ違いを書いている。原題「The Third Person」というのは、どちらかの部屋に現れる先祖の幽霊のことである。幽霊が若い男性であるので、2人の老嬢は大きな影響を受ける。幽霊が実在するものであったのか、老嬢たちの心に浮かんだ幻影であったのかはわからない。その辺の描写は「ねじの回転」の著者が得意とするところである。 【にぎやかな街角】(The Jolly Corner) ブライドンは33年ぶりにアメリカのブロードウェイにある古い屋敷に戻ってくる。そこは彼が子供時代に過ごした家だった。屋敷を相続した兄弟たちが亡くなり、彼が相続することになったからだ。彼はそこを売らずに、住むつもりでいる。その屋敷には何者かがいる気配がした。真夜中に彼がそこを訪れると、気配は実態となって姿を現した。指が2本かけていて怖い顔をした男だった。 アメリカに生まれ、33才でロンドンに移住した著者は、亡くなるまで英国で生活した。この小説はそうした彼の体験を小説化したものだろう。 【荒涼のベンチ】(The Bench of Desolation) 婚約不履行で訴えたケイトはハーバートから多額の賠償金を獲得した。ハーバートは長年の間少しずつ賠償金を支払った。結婚して子供も生まれたが、生活は貧乏だった。10年の間に子供は死に、妻も亡くなった。孤独になったハーバートのもとにケイトが現れた。「なぜ?」。いぶかる彼にケイトは、あなたの世話をしたい、という。 ー ー ー ー ー 解説者はヘンリー・ジェイムズの文学の特徴に、
の三つの要素をあげている。彼をジェイムズ・ジョイス、ヴァージニア・ウルフ、ウィリアム・フォークナーの先駆者として、二十世紀文学の創始者である、としている。 プロットが明確でロマンス性があり、登場人物たちは明確な意識を持ち、思い通りに行動する。19世紀の小説はわかりやすく、とらえやすかった。そういう小説を読みつけると、プロットがはっきりせず、登場人物たちはあっちへ行ったりこっちに来たり優柔不断で、フラフラしている思考をそのまま表現する20世紀小説は読みづらくもあり、新鮮でもある。数年ぶりにヘンリー・ジェイムズを読んで、以前読んだ時より主人公たちのことが理解できたかな、と思った。「ねじの回転」ももう一度読み返す必要があるだろう。 (2026.2.2) |
--- カラマーゾフの兄弟 ---by F.ドストエフスキー |
本書は第一部から第四部とエピローグという構成をとっている。第一部から第三部までは一日一部で、第一部から第三部までは三日間の出来事である。いろいろなことが起こるので、とても三日間の出来事とは思えないのだが。 主人公はドミートリイ・カラマーゾフという28才の退役軍人である。ドストエフスキーは前書きで、本書は主人公アレクセイ・カラマーゾフの青年時代の話である、とことわっている。
だが、本書の構成を考えると、第一部ではドミートリイと父親フョードルの財産争いが描かれ、第二部ではゾシマ長老の青年時代の話、第三部では3,000ルーブルを求めるドミートリイの奮闘とフョードルの死、ドミートリイの逮捕に至るまでのできごとが描かれる。第四部では殺人犯として起訴されたドミートリイの裁判の様子が描かれている。 かいつまんでいうと、本書はカラマーゾフ家の長男ドミートリイの災難と奮闘の物語である。 それだけでは世界文学の最高の作品といわれることはないだろう。太い幹にはさまざまな枝葉が生い茂って大樹となっている。物語はドミートリイの家族やその知り合いの関係がからみ合い、複層的に進んでゆく。 あまりにさまざまな話が出てくるので、時にはこの物語がドミートリイの冤罪事件であることを忘れてしまう。次兄イワンが「大審問官」の話を語りだすと、読者は思わず引き込まれてしまうだろう。筆者は、ゾシマ長老が若い時に出会った「神秘的な客」の話を読むたびに強烈な印象を受ける。また、三男アリョーシャが体験した「小悪魔」の章を読むとドキドキしてしまう。グルーシェニカが語る「一本の葱の話」に触発された芥川龍之介は「蜘蛛の糸」を書いた。 第四部の裁判の場面の長い論告シーンは退屈である。だがイワンが法廷で陳述しながら徐々に狂っていく場面と、それに呼応して冷静だったカテリーナが狂乱状態に変化する場面は迫力満点である。この部分を読むと、ビリー・ワイルダー監督の映画「情婦」の法廷の場面を思い出す。 イワンは「神がなければすべてが許される」といい、ドミートリイは「神がいなければ人間はどうやって善人になれるんだ」という。これは殺人の思想的な背景となっている。無神論者の筆者には理解できない考え方である。フョードルは「俺の考えでは寝入ったきり、もう二度と目をさまさない、それで何もかもがパアさ。供養したけれゃするがいいし、したくなけりゃ勝手にしろだ」という。登場人物の中で唯一無神論者なのが、殺されたフョードルなのは皮肉な話である。 もう1人無神論者がいる。アリョーシャの友人、グルーシェニカの従兄弟でもあるラキーチンだ。彼は「神がいなくたって人類を愛することはできる」という。彼はどこへでも出入りし、探り出したニュースを面白おかしく脚色して、雑誌に売り込む。まるで現代日本の新聞記者のような人物である。150年前に書かれたものであっても、作品が古びることがないのは、そこに生きている人間の本質は変わらないからであろう。 エピローグは、アリョーシャが12,3人の中学生とイリューシャの墓の前で将来の再会を誓う場面で終わる。いよいよ次の作品ではアリョーシャが主人公となり、別の物語が始まるのだ、という予告みたいな場面である。ドストエフスキーは本書を書いてから1年後の1881年、次の作品のノートを残して、59才で永眠してしまう。 (2026.1.26) |
--- 文章読本 ---by 向井 敏 |
このHPで良い文章を書きたいのだが、どうとたら良いのかわからないでいる。何度か読み返してみて、不自然と感じないところでアップロードするようにしている。その文章も何時間か、あるいは何日か経つとなんとなく変に思えてくるので困っている。 著者は「文章のもつ快さ、あるいは不快さは作者の精神のあり方の如何にかかわるものであって、扱われている題材やテーマの暗さ明るさとは本来関係がない」と述べている。「精神のあり方」が重要とのことである。 著者は悪文の代表として野間宏と大江健三郎の文章を、明晰な文章の代表として倉橋由美子の文章を取り上げている。 それらの例文を読んでみると、前者は何を言いたいのかよくわからないのに対して、後者は言いたいことがはっきりわかる。前者は文章がくねくねとあっちへ行ったりこっちに来たりしてつかみどころがない。これは著者が自分の言いたいことがはっきりしていないためか、あるいは読者を混乱させることで、自分を高く見せようとしているのか。いずれにしても健全な精神でないことが推測される。 著者は「文体」について、「文章の気品」について、「文章のおしゃれ」について、「文章の効率」について述べ、最後に「起承転結の重要性」について述べて本書を締めくくっている。 著者の言葉に忠実に従えば、自分にも良い文章が書けそうな気がしてきた。 (2026.1.6) |
--- モンテ・クリスト伯 ---by アレクサンドル・デュマ |
本作はアレクサンドル・デュマが39才から43才までに書いたものである。トルストイが「戦争と平和」を書いたのは36才から41才にかけて、ドストエフスキーが「罪と罰」を書いたのは45才の時という具合に、作家が彼の代表作を書く年齢は30代後半から40代までであろうと考えられる。 ダングラール、カドルッス、フェルナンという三人の若者が旅館「ラ・レゼルヴ亭」の脇の葡萄棚の下でワインを飲んでいる。「ラ・レゼルヴ亭」ではエドモン・ダンテスとメルセデスの婚約パーティが行われている。ダングラールはエドモンをおとしめるための密告状を書いている。
ダングラールが丸めて捨てた密告状をフェルナンが拾う。カドルッスはそれを見て見ぬふりをする。こうしてこの裏切りと復讐の物語は始まる。 この場面はまるで舞台劇のようで、シェイクスピアの悲劇のはじまりを彷彿させる。 ダングラールは年下のエドモンが自分を抜いて船長に抜擢されることに嫉妬し、フェルナンはプロポーズしたメルセデスがエドモンと婚約したことに嫉妬している。カドルッスはエドモンに悪意を持っていないが、心の弱い事なかれ主義の男であった。 世の中の悪は嫉妬心から始まる。傍観者はたいていの場合、悪い方に味方する。というテーマでこの長大な小説は始まる。
ダンテスは14年間の牢獄生活を脱出し、10年かけて自分を落とし入れた4人に復讐する。復讐の方法はモンテ・クリスト伯爵として彼らに近づき、人為的とは思えないやり方で、彼らの運命の方向を少しだけ変えてやる。今ではそれぞれ社会の上層階級にいる裏切り者たちは少しずつ不幸になってゆく。 結果2人が亡くなり、1人は気が狂い、1人は社会的に破滅する。 本書は「巌窟王」として年少者向けに抄訳された、単純な復讐物語とは本質的に違う。デュマはモンテ・クリスト伯爵という超人を核にして、19世紀のフランスの風俗を描いたのだと思う。本書には風俗ばかりではなく、ミステリーや冒険や恋愛が含まれている。 モーリス・ルブランのアルセーヌ・ルパンもの「奇岩城」、ジュール・ヴェルヌの「海底2万里」や「80日間世界一周」、エラリー・クィーンの「Yの悲劇」は本書に影響されて書かれたものと推測されるし、「海底2万里」のネモ船長や「80日間世界一周」のフィリアス・フォッグ氏にはモンテ・クリスト伯爵のイメージがある。さらに「Yの悲劇」の真犯人は本書の登場人物〇〇のイメージそっくりではないか。 三遊亭円朝が1859年に作った落語「真景累ヶ淵」の構造が本書に似ているというのはどうだろうか。グリム童話から「死神」を、モーパッサンの「親殺し」から「名人長二」を、サルドゥの「トスカ」から「錦の舞衣」を翻案した円朝である。本書にたびたび出てくる因縁奇縁の挿話を参考にして、あの壮大な因縁噺を作ったと考えるのもありではないだろうか。本書が出版されてから14年後に作られているので、可能性としてはあると思う。 本書に登場する山賊の首領ルイジ・ヴァンパは読書家で、あるときはシーザーの「ガリア戦記」、あるときはプルタルコスの「英雄伝」という具合に、登場するときはたいてい本を読んでいる。しかも通俗本ではなく、古典である。いずれも岩波文庫で出ているので、そのうちに読んでみようかと思う。 シャトー・ディフの牢屋でダンテスに学問を教えるファリア司祭はこういう。「世の中には物識りと学者のふた色があってな。物識りをつくるものは記憶であり、学者をつくるものは哲学なのだ」。180年前からすでに物識りが学者より巾をきかしていたのかもしれない。 アンドレアとの結婚を結婚式直前でキャンセルしたダングラールの娘ユージェニーは、女友達のルイーズ・ダルミイー嬢と一緒に逃げる。書かれたのが1945年だから直接的には書いていないが、この2人はレズである。180年前からそういう関係は存在し、それを小説に書いたデュマはジャーナリステックな小説家であったといえる。 この長大な物語の最後は「待て、しかして希望せよ!」という言葉で終わっている。これはエドモン・ダンテスの生涯を支えた言葉であり、180年後の読者に向けたデュマからのメッセージでもある。 (2026.1.3) |