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死刑台のエレベーター / パラサイト 半地下の家族 / 9人の翻訳家 / リチャード・ジュエル



---死刑台のエレベーター---


死刑台のエレベーター

この作品以降、映画音楽にジャズが使われるようになった記念碑的な作品である。しかも全10曲のすべてをマイルス・デイヴィスが音のない映画を見ながらその場で作曲したという、アドリブ演奏によるものであった。

以前テレビで見たことはあったが、スクリーンで見るのは初めて。今回の公開はニュー・プリント版で、映像も音も60年以上前のものとは思えないほどクリアであった。マイルスのトランペットの音は臨場感に満ちていた。

ジャンヌ・モローのアップにかぶるトランペット・ソロはゾクゾクするほど彼女の心理状態に寄り添っていて、あらためてマイルスのアドリブの感覚の鋭さに感動した。

マイルスとジャンヌ・モロー

悪女にそそのかされ、社長を殺した男は電源を落とされたエレベーターの中に閉じ込められる。その間に盗まれた拳銃で殺人事件が起きる。どちらに転んでも幸せになれない男を演じるのはモーリス・ロネ。

待ち合わせ場所に来ない男を探して、夜のパリの街を彷徨(さまよ)う社長夫人。精神的にも肉体的にも満たされない女を演じるのはジャンヌ・モロー。彼女の心をみごとに表現するマイルスのトランペット。

孤独で不安に満ちたジャンヌ・モローのアップが印象的。彼女の笑顔が見られるのは、現像液の中で徐々に浮かび上がる写真の中だけであった。

脚本、俳優、演出、映像、音楽、どれをとっても名作としか言いようがない。1957年、ルイ・マル監督、25才の時の作品である。

(2020.12.9)



---パラサイト 半地下の家族---


パラサイト 半地下の家族

韓国映画がアメリカのアカデミー賞の作品賞、監督賞、脚本賞、国際長編映画賞の最多4部門を受賞した。「パラサイト 半地下の家族」という作品である。

作品賞は英米映画がとるものだと思っていたので驚いた。

これは一度観ておかなければならない。ということで急遽、日比谷のTOHOシネマズへ出かけた。水曜日のレディース・デイということで平日にもかかわらず館内は若い女性で満員だった。有休でも取ってきているのか。

うーん。これが作品賞・・・? ちょっと違うのではないか。国際長編映画賞もどうかな。英米人は東洋人を理解することができないのでは、と思った。

映画の内容は次の展開が読めない興味深さで最後まで引きつけられた。俳優たちの演技もクールで、以前の感情過多な韓国映画の演出からは格段に進歩している。

脚本も途中までは成功している。オチがまずかった。人を殺しまくって片をつけてしまうのは安易なオチだ。ここのところで洒落たオチをつけてクールに終わっていれば外国語映画賞(今は国際長編映画賞に改名)くらいの価値はあったのだが。

この映画が作品賞なら、黒澤明監督が「野良犬」「天国と地獄」「赤ひげ」のいずれかの作品で受賞していてもおかしくなかった。

(2020.2.12)



---9人の翻訳家---


9人の翻訳家

原題は「THE TRANSLATORS」(翻訳家たち)である。フランス映画なので本当は「LES TRADUCTEURS」。

ベストセラー「DUDALUS」(デダリュス)の第3巻を出版するために9カ国の翻訳家が集められる。9カ国同時発売を目論む出版社は9人の翻訳家たちを集め、本の内容が外部に漏れないようにするために、ある屋敷の地下室で翻訳作業をさせる。

話がどう展開するのかわからないまま、重苦しく進む。フランス語の会話は普通に話していても鼻にかかって重苦しく聞こえる。何か謎があるのか、翻訳家同士の葛藤劇なのか、ミステリーなのか、コンゲーム(騙し合い)なのか。・・・。

最後になってそういうことだったのか、とわかるが一度感じた重苦しさは消えない。カタルシスのないまま終わる。

映画の中で「DUDALUS」(デダリュス)という本が何度も出てくる。その表紙がやばい。こんな本だ。(左)

DUDALUS UNDERCURRENT

これってビル・エヴァンスとジム・ホールの名盤「アンダー・カレント」(UNDER CURRENT)の裏面(右)じゃないか。

スクリーンに本が出てくるたびに気になって話の内容どころではなくなってしまった。こんなにあからさまに有名なLPのジャケットの写真を利用しなくてもよかったのではないか。使用許可は得ているのであろうか。

(2020.2.3)



---リチャード・ジュエル---


リチャード・ジュエル

1996年のアトランタ・オリンピックで実際に起こった話である。

オリンピック公園で爆破事件が起き、爆弾の第一発見者の警備員、リチャード・ジュエルがFBIの捜査を受ける。嗅ぎつけた新聞社によって報道され、捜査中なのにも関わらず犯人扱いされる。

映画はマスコミによって英雄扱いされ、その後一転して犯人扱いされたリチャード・ジュエルを描く。

誰でも見に覚えのない疑いをかけられたら、どうしていいかわからずオタオタする。ジュエルには頼りになる弁護士がついていたからよかったが、日本でこのようなことが起こったら疑いを晴らすのに何年もかかってしまうのではないだろうか。とくにジュエルのような社会的に弱い立場の人では・・・。

クリント・イーストウッド監督はオタオタするジュエルを、闘争心旺盛な弁護士を、功名心からフライングするFBIの担当官と新聞記者を見事に表現する。

サム・ロックウェル扮する弁護士が功名心に燃える女性記者に「キス・マイ・アス」と捨て台詞を吐くシーンは胸がスーッとした。キャシー・ベイツ扮するジュエルの母親が記者会見するシーンでは、切々とした母親の心境があまりにも真に迫っていたため涙せずにはいられなかった。

ラストシーンも爽やかで131分の上映時間が長いとは感じられなかった。昨年の「運び屋」に続き、今年も観賞するに値する作品を世に出したクリント・イーストウッド監督は89才。来年も期待してしまう。

(2020.1.20)


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