2019年
i - 新聞記者ドキュメント / ドリーミング村上春樹 / 非行少女 / 人間狩り / 「エロ事師たち」より 人類学入門 / ブルーノート・レコード ジャズを超えて / ジョアン・ジルベルトを探して / 原子力戦争 Lost Love / モダン道中 その恋待ったなし / 東京湾 / 工作 黒金星(ブラック・ヴィーナス)と呼ばれた男 / わるいやつら / さらば愛しきアウトロー / 新聞記者 / RBG 最強の85才 / アラジン / アガサ・クリスティー ねじれた家 / 山の音 / お引越し / あらくれ / 惜春 / ビル・エヴァンス タイム・リメンバード / 洲崎パラダイス赤信号 / 貸間あり / 女であること / バイス / ハンターキラー 潜航せよ / 山椒大夫 / 青べか物語 / ある落日 / 東京の恋人 / 浮雲 / 運び屋 / シングルマン



---i - 新聞記者ドキュメント---


<i>i</i> - 新聞記者ドキュメント

松坂桃李、シム・ウンギョン主演の「新聞記者」の原作者である東京新聞の記者、望月衣塑子(いそこ)を主演にしたドキュメンタリー作品である。ちなみに映画としての迫力はこちらの方が断然上である。何しろ本人が出演して実物の(すが)官房長官をガンガン責め立てるんだから。

望月衣塑子は時の人である。2014年産休から復帰するやいなや、社会部の記者であるにもかかわらず政治部の記者クラブに乗り込み、馴れ合いの予定調和だった官房長官の記者会見を、本気でなんでもありの異種格闘技戦に変えてしまったのだから。

彼女は福島の原発の現場にも、沖縄の辺野古の埋立地にも実際に足を運び、住民の生の声を採取する。そのうえで官房長官に質問する。責め立てられた菅官房長官が嫌そうな顔を無理に抑えながら答弁するが実地を見ていないものだから勝負にならない。今までの記者クラブがいかに馴れ合いだったのかということが自然に暴露される。

彼女の存在は諸刃の剣である。ちゃんと検証しない政府ばかりでなく、それを見逃している新聞記者たちも斬ってしまう。

映画の題名「i - 新聞記者ドキュメント」の「 i 」とは新聞記者は「一人称単数」で勝負しなければならない、という森達也監督の考え方が反映されている。

ラストシーンで望月衣塑子は国会議事堂の前で仁王立ちになってこちらを睨みつける。あらゆる不正はこの人の前を素通りすることはできない、と思った。

(2019.11.25)



---ドリーミング村上春樹---


ドリーミング村上春樹

デンマークの翻訳家メッテ・ホルムを撮ったドキュメンタリー映画。

メッテ・ホルムは、1995年に「ノルウェイの森」と出会って以来、20年以上にわたって村上春樹の小説をデンマーク語に翻訳してきた。2018年6月から群馬県桐生市に在住。

カメラは深夜のデニーズで本を読むメッテさん、バーカウンターでバーテンダーや客と談笑するメッテさん、ピンボールマシンを操作するメッテさん、地下鉄に乗るメッテさん、首都高速道路を走るタクシー内のメッテさんを追いかける。

映画の最後は2016年、村上春樹がアンデルセン文学賞を受賞し、デンマーク王立図書館でメッテさんと対談する直前にフェイドアウトする。

村上春樹の本は現在50か国で翻訳されている。そのほとんどが英訳された本からの翻訳である。メッテ・ホルムさんのように日本語から直接自国の言葉に翻訳しているひとは少ないそうだ。

我々が本を読む時、その半分以上が外国語から翻訳されたものである。筆者が今年読んだ本96冊のうち58冊、なんと60%が翻訳された本であった。翻訳家がいなければ我々はドストエフスキーもプラトンも読むことはできない。

翻訳家は目立たないが文化の担い手と言えるだろう。

(2019.10.24)



---非行少女---


非行少女

1963年日活作品。浦山桐郎監督は前年の1962年に15才の吉永小百合を主役に「キューポラのある街」を作り、翌年の1963年に15才の和泉雅子を起用して本作品を作った。相手役は両方とも浜田光夫であった。共演は浜村純、小池朝雄、高原駿雄、北林谷栄、佐藤オリエ。佐藤オリエにとって1966年のテレビ映画「若者たち」で有名になる前の作品であった。

舞台は石川県の河北市。背景に内灘海岸や金沢市街、兼六園が使われていた。ラストシーンは和泉雅子が北陸本線を使って大阪へ移動する場面であった。

映画は15才の少女が持つこの年代独特のエネルギーが画面に迫力を与えていた。

石堂淑朗、浦山桐郎共同の脚本は場面の展開やセリフを強引に誘導している感じがした。話の筋に無理があると感じた。

1960年代の映画には脇役として独特の風貌とセリフ回しの俳優浜村純がよく出てくる。本作品でも主人公のダメな父親役で好演していた。

(2019.10.8)



---人間狩り---


人間狩り

1962年日活作品。冒頭、刑事役の長門裕之がヤクザ役の小沢栄太郎を怒鳴りつけた時、この映画はハズレだな、と思った。共演には渡辺美佐子、中原早苗、大坂志郎、山岡久乃、北林谷栄、伊藤孝雄。

リアルでハードな刑事ドラマを期待していたのだが、色々な要素を貼り付けたウエットな人情ドラマに仕上がっていた。

本来ならヒロインのはずの渡辺美佐子が主人公にまとわりつくツンデレの女にしか見えず、刑事役の長門裕之がその女を突き放すんだか追いかけるのかわからず、最終的にはストーカーにしか見えないという幼稚な脚本であった。

興味深かったのは主人公の刑事が所属する警察署が新宿署で、逃亡犯の手がかりを見つけ出す場所が京成線青砥駅近くの公団、大坂志郎扮する逃亡犯が身を隠している場所が京成線町屋駅付近、刑事と犯人が対決する場所が町屋駅のホームであったこと。1962年の当時の場所の様子が当然のことながら今とまるで違う。まるでタイムスリップしたように映画の中の風景を観察することができた。

映画の出来が少々アレでも50年以上前の日本の風景を眺めたり、その中で生きている若い頃の俳優たちを眺めたりする楽しみは捨てがたいものがある。

(2019.10.7)



---「エロ事師たち」より 人類学入門---


「エロ事師たち」より 人類学入門

野坂昭如の小説「エロ事師たち」を今村昌平監督が1966年に映画化した作品。主役のスブやんに小沢昭一、共演には坂本スミ子、近藤正臣、田中春男、中村鴈治郎、殿山泰司、ミヤコ蝶々、西村晃、佐藤蛾次郎、小林昭二と多士済々の役者たちが出ている。近藤正臣は映画初出演と若々しい。

エロ映画からエロ写真、コールガール、エロと名のつくものを一手に引き受けるスブやんが主人公。小沢昭一が美容師の坂本スミ子のヒモをしながら飄々とエロ事師を演じる。

中盤まではドライな展開で快調に進む。坂本スミ子が心臓病で入院するあたりからスジがもつれ始め、それ以降は話の展開がもたもたし始める。

スブやんが船の中でダッチワイフを作り出す頃からはなんだかなー、という展開になる。

野坂昭如の原作通りにすれば良かったと思うのだが、今村監督は自分の色を出したかったのだろう。

(2019.9.17)



---ブルーノート・レコード ジャズを超えて---


ブルーノート・レコード ジャズを超えて

原題は「BLUE NOTE RECORDS BEYOND THE NOTES」という。 「BEYOND THE NOTES」は「BLUE NOTE」の韻を踏んでいる。洒落た題名である。「ジャズを超えて」では意味が通じない。

ジャズ専門のレコード会社「ブルーノート・レコード」は第二次世界大戦前夜、ナチス統治下のドイツからアメリカに移住した二人の青年、アルフレッド・ライオンとフランシス・ウルフが立ち上げた。というところから始まる。

当時のジャズは歌とダンスの伴奏音楽にしか見られていなかった。中でも黒人のジャズは薄暗いジャズクラブでしか演奏されない、アンダー・グラウンドな音楽であった。

当時マイナーな黒人のジャズをとりあげて売れるかどうかもわからないレコードを作ったのがドイツ人というのが面白い。しかも作った動機が「ただ好きだから」というのも。

映画にはセロニアス・モンク、バド・パウエル、アート・ブレイキー、ホレス・シルヴァー、マイルス・デイヴィス、ハービー・ハンコック、ウエイン・ショーター、クリフォード・ブラウン、他たくさんのミュージシャンの演奏風景が出てくる。観ているだけで楽しい。

現在、我々が数々のモダン・ジャズの名曲をLPやCDで楽しむことができるのもアルフレッド・ライオンとフランシス・ウルフのおかげである。

サムシン・エルス ダイヤル S フォー・ソニー バードランドの夜 スピーク・ライク・ア・チャイルド アウト・トウ・ランチ クリフォード・ブラウン・メモリアル・アルバム ソニー・ロリンズVol.2

(2019.9.11)



---ジョアン・ジルベルトを探して---


ジョアン・ジルベルトを探して

ドイツ人作家マーク・フィッシャーが「ジョアン・ジルベルトを探して」という本を出版した。

これは2008年以降公の場から姿を消したジョアン・ジルベルトの行方を追い求め、ジョアンが立ち回りそうな場所へ行き、古い友人たちをインタビューした記録である。

この本を読んだフランス人のジョルジュ・ガショ監督はマーク・フィッシャーのあとを追い求めるように、自ら歩き回ってドキュメンタリー映画を作り上げた。ドイツ人作家もフランス人監督もジョアン・ジルベルトの大ファンであることは言うまでもない。

ちなみにボサノヴァという音楽は1957年ジョアン・ジルベルトがその頃住んでいた部屋の4平方メートルばかりのバスルームで「Chega de Saudade」(想いあふれて) という曲を作ったものが最初といわれている。

カメラはリオ・デ・ジャネイロやその郊外を歩き回り、ジョアンの古い友人たちをインタビューするガショ監督を追う。バック・ミュージックはジョアンの歌とギター演奏が終始流れている。

ジョアン・ジルベルト

リオやその郊外の街並みが美しい。関係者をインタビューするカフェのたたずまいが良い。ガショ監督が滞在するホテルの部屋がリーズナブルで住み心地が良さそうである。

映画の最後にジョアンが住むアパートのドアの向こうから彼の歌声が流れてくるが本人の声かレコードの音かはわからない。

今年(2019年) 7月6日土曜日の朝、ジョアン・ジルベルト死去のニュースが世界中に配信された。

映画が製作された2018年にはリオのどこかで彼は生きていた。

(2019.8.26)



---原子力戦争 Lost Love---


原子力戦争 Lost Love

1978年黒木和雄監督作品。主演 原田芳雄、佐藤慶、山口小夜子、風吹ジュン。共演 戸浦六宏、岡田英次。

始まってすぐATG作品という表示が出て「しまった」と思った。アート・シアター・ギルド作品だったか。

ATGは良質のアート系映画をより多くの人々に届けるという趣旨のもとに1960年に設立された。低予算の芸術映画で難しい作品が多かった。

刑事役をやってもチンピラに見える原田芳雄、悪いことを企んでいるような目をした佐藤慶、善人の役をやっても悪人に見える戸浦六宏、低俗なことでも紳士風に話す岡田英次。ATGのスター俳優勢揃いであった。

情婦を探しに福井県にやってきたチンピラの原田芳雄が、情婦と原発の技術者が海岸で心中していたことを知る。ありえない状況に不審を抱いた原田は情婦の家族や地元の新聞記者を訪ね、真実を追求する。

稼働中の原発の事故がらみで、事実を隠蔽するために殺されたらしい。新聞記者は保身のためにそれ以上追求するのをやめる。原田は利権を求める原発推進派に殺される。

原発を進める学者岡田英次の「化石燃料が枯渇するか、ホルムズ海峡が閉鎖されたら日本の未来はない」という意見は現在でも原発推進派が言っていることと同じである。

社会問題について考えさせられる映画を作るATGは1992年の新藤兼人監督作品「墨東綺譚」を最後に活動を停止した。

(2019.8.21)



---モダン道中 その恋待ったなし---


パンフ

1958年野村芳太郎監督作品。主演 岡田茉莉子、佐田啓二、高橋貞二、桑野みゆき。共演 花菱アチャコ、桂小金治。

題名通り気楽なラブコメディである。「砂の器」「疑惑」など重厚なイメージの野村芳太郎監督だがこういう映画も撮っていた。この映画の脚本は野村監督と山田洋次であった。

話は3万円の懸賞が当たった銀行員の佐田啓二が周遊券を購入して東北、北海道の旅に出かける。この時の周遊券の価格は5,800円であった。旅の途中で高橋貞二に出会い意気投合して同行する。

ふたりは十和田湖で岡田茉莉子姉妹に、弘前で桑野みゆきに出会う。この4人が出会ったり別れたりしながらのロードムービーである。

岡田茉莉子

当時24才の岡田茉莉子はこの時代の女優の中で一番綺麗だったのではないだろうか。ナレーションも岡田茉莉子で彼女のために作られたような映画である。

相手役の佐田啓二は嫌味のない二枚目半がぴったりしていた。独特の三枚目役が得意な高橋貞二はセリフ回しや歯切れの良さが素晴らしい俳優で安心してみていられる。この手の映画では欠かせない俳優である。

三井弘次、高橋とよ、花菱アチャコ、坂本武、若水ヤエ子といった芸達者な俳優が脇を固めている。桂小金治の演技はわざとらしくて好きになれない。

今は失われた日本の原風景、今は亡き昔の名優たちの演技が見られる貴重なフィルムだが、公開当時は他の作品と2本立てで上映される軽い作品であったのだろう。

(2019.8.9)



---東京湾---


パンフ

1962年野村芳太郎監督作品。主演 石崎二郎。共演 西村晃、玉川伊左男。

西村晃はテレビの2代目水戸黄門でおなじみの顔である。玉川伊左男も映画、テレビの名脇役で名前は知らなくても顔を見れば誰でも見覚えがある俳優である。石崎二郎という俳優はネットで調べると本作「東京湾」に出演したことと名優佐分利信の長男としか書かれていない。

出演者は地味であるがそれがドキュメンタリータッチのこの映画では成功している。

麻薬の運び屋の運転手が銃で狙撃される。この運転手は実は厚生省の麻薬取締官で囮捜査の最中だった。犯人を探して刑事たちが都内一帯を捜査する。

銀座、浅草、立石、小岩。東京オリンピックより3年前の東京の下町を刑事たちがひたすら足で捜査する。カメラは俳優たちを追いかけることでオリンピックで変わる前の街の姿をしっかり捉えている。

西村晃扮する刑事が犯人を追い詰めた先は荒川に架かる西新井橋のたもとであった。今は土手の上を高速道路が走り、周りは高層マンションで囲まれているが映画で見るそこは荒涼とした河原が広がっているばかりである。

追い詰められた犯人が刑事の戦友で戦時中はお互いに助けたり助けられたりした仲だったとは、…。映画が作られた1962年は戦争の影がまだ残っていた時代であった。

(2019.8.1)



---工作 黒金星(ブラック・ヴィーナス)と呼ばれた男---


パンフ

原題は「THE SPY GONE NORTH」。「北へ行ったスパイ」である。 ジョン・ル・カレの小説「寒い国から帰ってきたスパイ」は東ドイツへ潜入したスパイの話だったが、本作品は北朝鮮へ行ったスパイの話である。

北の首領は金正日、南の大統領は金大中の時代。南が出資して北に大規模な工業団地を作る。今は閉鎖されてしまったケソン工業団地である。人や物が行き来するなかでお互いの諜報合戦が繰り広げられたことは間違いない。

映画では南のコマーシャルフィルムを北を舞台にして撮影する、という事業に諜報活動が絡んでいく。南の工作員に扮するファン・ジョンミョン、受け入れる側の北の責任者に扮するイ・ソンミンの虚々実々の駆け引きを背景にして物語は進んでいく。画面は初めのうちは快調なテンポで切り替わるが、諜報活動が進むにつれてじっくりと描いていく。

パンフ

南の大統領選挙で金大中が有利になると北が国境線近くに迫撃砲を撃ち込む。すると共産主義者の金大中が劣勢になる。南の政治に北が微妙な方法で影響を与えるということもあるらしい。

北に潜入した工作員はバレれば悲惨な運命に会う。絵空事ではないだけにその活動はスリル満点である。

政治映画、スパイ映画のように見えるが実は男同士の友情の映画だったりする。1968年のフランス映画「さらば友よ」のアラン・ドロンとチャールズ・ブロンソン以来の男の友情を描いた作品である。

(2019.7.31)



---わるいやつら---


パンフ

松本清張原作、野村芳太郎監督というと名作「砂の器」を思い出す。「わるいやつら」も文庫本で上下2冊合わせて1,000ページの大作である。

期待していたのだが始まって30分ほどで「あれれ」こういう感じなの、と。片岡孝夫扮する病院の院長が薄っぺらいのだ。原作は若い院長が女と金を思うがままに操って気ままに生きていくが、という話だが、この院長に扮する片岡孝夫の演技が中途半端で一貫性がない。

院長を操ったり操られたりする女優陣は松坂慶子、梶芽衣子、藤真利子、宮下順子という錚々たるメンバー。特に婦長役の宮下順子は院長を陰で操る悪女を見事に演じていた。

中途半端にダラダラする画面がガラッと変わったのは後半緒形拳が現れてからだ。テレビのメロドラマ風の画面が急に重厚な映画の画面に切り替わったような感じである。狭い取調室で悄然とする片岡を睨む緒形拳、向こう側でメモを取るのは小林稔侍。今までのドラマはなんだったのかと思うほど絵になるシーンであった。

脚本の問題もあるだろうが院長役を全盛期の森雅之が演じたら別の映画になったのではないだろうか。

(2019.7.25)



---さらば愛しきアウトロー---


ポスター ポスター

ロバート・レッドフォードが本作をもって引退するという。原題は「The Old Man & The Gun」、一度も拳銃を使ったことのない銀行強盗の話である。フォレスト・タッカーという実在の人物のほぼ実話らしい。

映画の中でレッドフォードの若い頃の写真を出したり、レッドフォードを追う刑事の風貌がサンダンス・キッド風だったりしてレッドフォードの引退に花を添えている。

ポスター

共演はシシー・スペイセク、ケイシー・アフレック、ダニー・グローバー、トム・ウェイツと名優ばかり。

ポスターのキャッチフレーズ「ポケットに銃を、唇に微笑みを、人生に愛を」の通り、見終わった映画の印象は微笑みを絶やさないロバート・レッドフォードのアップであった。

2018年の本作で引退するはずだったレッドフォードが2019年の作品「アベンジャーズ/エンドゲーム」に出演している。なんども引退宣言をしながら出続けているクリント・イーストウッドの例もあり、俳優の引退宣言なあてにならない。ファンとしては死ぬまで出続けて欲しいと思う。

(2019.7.19)



---新聞記者---


ポスター ポスター

原作が東京新聞の現役女性記者、望月衣塑子。総理官邸の記者会見で菅官房長官に長い質問をするので有名な人だ。

主題は安倍総理と加計学園の関係。安倍総理と加計学園の理事長加計孝太郎氏が友人関係にあるため総理主導で大学の誘致を進めたんだろうと国会で追及された。安倍総理は最後まで否定し、野党の追及も中途半端なままで終わってしまった。

映画は官邸主導で獣医学部を誘致し、そこで生物化学兵器を開発しようという設定になっている。

追及するのは原作者と思われる女性記者。決定的な証拠を提供するのは内閣調査室に勤務するエリート公務員。

女性記者に扮したのは韓国人女優シム・ウンギョン。韓国女性独特の作り上げたような化粧はなくほぼすっぴんでの熱演であった。

エリート公務員に扮したのは松坂桃李、終始受けの地味な演技ではあったが映画全体を引き締めていた。

脇を固める俳優陣も地味な人が多く、日本映画特有の浮ついた感じがなかった。地味で真面目な映画にも関わらず、ウイークデイの昼時の映画館はほぼ満席であった。

(2019.7.11)



---RBG 最強の85才---


ポスター

RBGことルース・ベイダー・ギンズバーグは60才の時ビル・クリントン大統領によってアメリカ最高裁判所の判事に任命された。彼女が任命されるまで9人の最高裁判事はすべて男性で占められていた。

2019年7月現在、86才の彼女は現役で最高裁判事を務めている。

映画は彼女がロシア系ユダヤ人移民の父親とオーストリア系ユダヤ人移民の母親から生まれて現在に至るまでの歴史を写真と映像を使って追いかける。

アメリカは世界で一番人権意識の発達した国で女性の地位も高いと思われている。だが50年ほど前のアメリカは男性主体の国で女性の地位は低かった。女性は育児と家事に専念すべきものと考えられていた。

社会に出た女性の給料は男性の60%であった。男性が普通にもらっている住宅手当も女性にはなかった。就くことのできる職業も極めて限られていた。

看板

ロースクールを出て弁護士になったルース・ギンズバーグは女性差別の問題をひとつひとつ取り上げていく。彼女が最初に勝ち取ったのはある女性の住宅手当だった。彼女のやり方は詳細に事実を調査し、ものごとを理論的に正していく。決して大きな声を出さない。引っ込み思案なほど自分を押し出さない。世間話をしない。

社会を変革する人は大声を張り上げたり机を叩いて議論するような闘志型の人ではなく、控えめな態度で静かな声で誠実に話すような人なのだ。

アメリカは初めから民主的な国家だと思っていたが、彼女のような人々が底辺から積み上げていった結果が現在の民主国家アメリカを作り上げたのだと思った。民主主義はその努力をやめた途端、暗黒の状態に戻ってしまうものだということも彼女は示唆している。

(2019.7.9)



---アラジン---


ポスター

実写版アラジン。さすがディズニー映画、アラビアの雰囲気をよく出していた。

歌と踊りが素晴らしかった。さすがハリウッド映画、歌と踊りに関しては他に引けを取らない。

アラジン役のメナ・マスード、ジャスミン役のナオミ・スコットは二人ともほとんどキャリアのない俳優だが若くて魅力があった。それを支えるベテランのウィル・スミスの演技がよかった。時には魔人ジーニー役のウィル・スミスが主役ではないかと思えるほどの活躍だった。

冒頭、船の中でウィル・スミス扮する父親が子供たちに物語を語って聴かせる。母親が微笑みながらそれを見ている。このシーンがラスト近くになって生きてくるとは。遠いアラビアの物語を身近に引き寄せる工夫がしてあり面白かった。

(2019.6.27)



---アガサ・クリスティー ねじれた家---


ポスター

原題も「Crooked Hous」そのまま「ねじれた家」。

Web映画サイトの評価が5点満点のところ2.9、都内で1ヶ所、千葉県で1ヶ所という少ない上映館の数。しかも両館共早朝の上映1回のみという超虐げられた映画であった。この映画を映画館で見ることができた人はかなり少ないだろう。

という前置きから一気に結果に飛ぶ。この映画は二重丸であった。点数をつけるならば4.2点。

なぜ拡大上映しないのだろう。配役にスターがいない。探偵がポワロやミス・マープルではなく、全員を集めての謎解きもない。昨年の正月映画「オリエント急行殺人事件」は全国展開で公開された。こちらはケネス・ブラナー監督主演、ペネロペ・クルス、ウィレム・デフォー、ジュディ・デンチ、ジョニー・デップ、ミシェル・ファイファー出演のオールスター映画であった。最後に全員集合してポワロのもったいぶった謎解きがあった。

「ねじれた家」の出演者で知られた俳優はグレン・クローズとテレンス・スタンプくらいである。派手な謎解きシーンもない。

映画としての緊張感、面白さ、画面に引きつける力は「ねじれた家」の方が「オリエント急行」よりはるかに優れていた。

本映画はアガサ・クリスティーの世界を忠実に描いていた。事件の起こるお城のような大邸宅とその家具の格調の高さ。その庭が見る者によってはため息が出るようなイングリッシュガーデンである。邸宅内にことさら強調することもなく飾られている名画の数々が本物に見える。探偵の事務所が古色蒼然として机の上の小物一つ一つに実在感がある。アンティーク小物好きなら時々画面を一時停止して確認したいところだろう。探偵の乗る車、グレン・クローズの乗る車が見る者によってはため息が出るようなクラシックカーである。見逃したものがあるかもしれないが一つ一つの画面が本物の雰囲気を漂わせていてわざとらしさがない。

その背景で演技する役者はグレン・クローズとテレンス・スタンプばかりでなく皆見事に演技していた。特に主役の三人、探偵役のマックス・アイアンズ(34才)と大富豪の孫娘役のステファニー・マーティニ(28才)、その妹役のオナー・ニーフシー(14才)はそれぞれが魅力的であった。

物語は死んだ大富豪の家に同居している後妻、長男夫婦、次男夫婦、先妻の姉、長男夫婦の息子と娘たち、彼らの乳母、家庭教師それぞれが「ねじれ」ていていかにも何か起こりそう。そのねじれ具合が最近の日本に起きている家族間でのいざこざやいじめなどと似通っていて変に現代的である。家族間のいざこざは昔も今も変わらないのかもしれない。

この映画の監督ジル・パケ=ブランネールはフランス人で1974年9月生まれの44才。「ねじれた家」まで8作の作品がある。古い順番から列記すると、

  • 2001年…美しい妹
  • 2003年…マルセイユ・ヴァイス
  • 2007年…クラッシュ・ブレイク
  • 2007年…UV-プールサイド
  • 2009年…ザ・ウォール
  • 2010年…サラの鍵
  • 2015年…ダーク・プレイス
  • 2017年…ねじれた家

となっており、エロティックものからバイオレンスもの、オカルトものまで様々な分野にトライしている。映画サイトの評価はいずれも低いが、サイトで2.9点の「ねじれた家」は筆者の評価では4.2点なのであてにならない。

映画サイトで唯一評価の高い「サラの鍵」はまぎれもない傑作で公開当時筆者も観ている。映画のラストで現在のサラの幸せな様子を延々と描写する。彼女の笑顔を見ているうちに近代ヨーロッパの悲惨な歴史を乗り越えてきた普通の人々の運命を自らのこととして感じる。そういう映画であった。

今後この監督に注目したい。またクリスティーの原作もこれを機会に読んでおきたい。

(2019.6.16)



---山の音---


ポスター

1954年成瀬巳喜男監督作品、主演、原節子、山村聰、上原謙。

原作は川端康成の同名の小説「山の音」。息子の嫁と夫の父親の微妙な気持ちのやりとりを描いた名作である。

嫁に原節子、その夫に上原謙、夫の父親に山村聰という豪華な配役であるが、映画公開時のそれぞれの年齢は上原、45才、山村、44才、原節子、34才であった。

45才と34才の夫婦はぎりぎりOKとしても父親役が44才というのは若すぎる。そこはさすがに名優である。全然不自然に見えないどころか枯れる前の男の色気を見事に表現していた。

原節子はいつも通り独特の演技で脚本の行間を表現していた。彼女の映画を10本以上見ているうちに目や口や眉毛などセリフ以外の表現で感情を表現していることに気づいた。原節子に対して「永遠の処女」というキャッチフレーズはまとはずれ、彼女は山田五十鈴、杉村春子と並ぶ名優である。

原作はお互いの関係性がはっきり解決しないままなんとなく終わっている。

映画のラストシーンも問題が解決しないまま山村聰と原節子の以下の会話で終わっている。

この公園はヴィスタを考えて作られているのよ。ヴィスタってなんだい。見通しの良いことよ。

(2019.6.5)



---お引越し---


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公開当時評判になった作品である。1992年相米慎二監督作品、主演、田畑智子、助演、中井貴一、桜田淳子。田畑智子は公募で選ばれた新星であった。公開当時12才、主人公と同年齢である。

冒頭の「お引越し」シーンは中井扮する夫が桜田扮する妻と別居してアパートへ引っ越すところである。田端扮する小学6年生の女の子は何が何だか分からずキョトンとしている。

話はそれだけである。これでは冒頭の15分で終わってしまうではないか。

いろいろのことがあったあげく夫と妻が仲直りするのか、別居の原因を掘り下げるのか、両親の別居により女の子の生活が変化するのか。

3通りの展開を予想したがどれでもなかった。両親は顔をあわせると喧嘩し、女の子は今まで通り生活する。ドラマがないではないか。

クライマックスは琵琶湖のお祭りのシーン。火祭りの様子がドキュメンタリー番組のように延々と30分続く。女の子はその間山の中をウロウロする。何か意味があるのか?

映画はそのまま終了した。全編2時間4分。長すぎる。

充分練れていない脚本、いい加減な演出、独りよがりな監督が作るとこういう映画ができる。

12才の田畑智子の表情は生き生きして魅力的だったが無駄になってしまった。

(2019.6.3)



---あらくれ---


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徳田秋声の名作の映画化である。1957年成瀬巳喜男監督作品、主演、高峰秀子、助演、上原謙、森雅之、加東大介という日本映画の黄金期を代表する俳優たちが出演する。

まさに重厚な文芸大作であった。

話は高峰秀子演ずるお島を中心に展開する。結婚式当日に逃げ出したお島は妻を亡くしたばかりの上原謙の後添いとして妻になる。面食いで結婚したお島は夫の嫌味に耐えきれなくなり離婚する。

次の男はやはりイケメンの森雅之。森雅之には妻がいる。惚れたお島はおめかけでもいいと思うが父親にむりやり連れ返される。

次の男は仕立て屋の加東大介。イケメンではないが生活力があるので一緒になる。この夫は生活力がある反面女好きで浮気が絶えない。

三者三様の男と暮らしながらお島はのし上がっていく。最後は店の若い者(仲代達矢)と駆け落ちするところでエンドマーク。

大正時代。男尊女卑の時代。拉致があかない状態からうまく男を利用してのし上がっていく主人公の小気味よい生き方に共感した。

徳田秋声は男のようなたくましい生き方を「あらくれ」と称したのだろう。

高峰秀子独特の放り出すようなセリフ回しは役柄にぴったりであった。ネチネチした嫌味な亭主役の上原謙、優柔不断な旦那役の森雅之は適役であった。精力絶倫の夫役は加東大介以外にふさわしい俳優がいたのでは。最後に主人公と駆け落ちする若い者の役をやった仲代達矢は黒澤明監督の「用心棒」に出てくるニヤけた悪役風でいけなかった。ここは「色悪」のできる俳優でなければならない。

(2019.5.31)



---惜春---


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1967年中村登監督作品である。主演、新珠三千代、助演、香川美子、加賀まりこ、森光子というので期待して見に行った。

残念ながら期待していたほどの作品ではなく平凡なメロドラマであった。

新珠三千代のアップに「洲崎パラダイス赤信号」で見せたような生きの良い表情が見られなかった。女優もこの主人公の内面をどのように表現したら良いのかわからなかったのではないか。

平岩弓枝の脚本に主人公の性格の書き込みが不足していたのではないかと推測する。

それに反して助演の香川美子と加賀まりこの性格ははっきりしている。どちらも女の恐ろしさが十分に出ていた。特に終始ぼーっとした表情の香川が終盤近くで見せるしたたかさには恐れ入った。平幹二朗の枕元に無言で立つ加賀まりこのアップにはゾッとして「これオカルト映画じゃないよな」とあわてた。

悪い継母役の森光子は悪に徹しきれず役不足であった。浪花千栄子がやれば凄みが出たのではないか。

男優陣は色悪の早川保がいい味を出していた。主人公に忠実なふりをして最後に裏切るという安心のできない男の役を実にうまく演じていた。

平幹二朗の2枚目役はいまいち迫力不足であった。

最後は新珠三千代のアップに「終」の文字が重なる。これからどのように生きていくのか決心を固めたつもりの新珠三千代の表情に迷いが見られるのは新珠自身主人公の気持ちを掴みかねていたのではないだろうか。

(2019.5.29)



---ビル・エヴァンス タイム・リメンバード---


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ビル・エヴァンスの子供時代から亡くなる直前まで存在する映像をつなぎ合わせ、そこに彼の音楽を重ね合わせた作品である。

ビル自身の演奏シーンはもちろん、マイルスやコルトレーン、アート・ブレイキー、スコット・ラファロらの貴重な演奏シーンも観ることができる。

ナレーションの代わりにポール・モチアン、ジャック・ディジョネット、トニー・ベネット、ジョン・ヘンドリックスらがビルについて語っている。「ワルツ・フォー・デビイ」でジャズ史に名を残すことになったビルの姪デビイ・エヴァンスも叔父や家族について語っている。

友人たちが口をそろえて言うことはビルのピアノの素晴らしいこと、そして死ぬまでやめられなかったヘロインのことである。

マイルス・デイヴィスに迎えられ名作「カインド・オブ・ブルー」を音楽監督として制作し、ピアノトリオで黄金時代を築く。

私生活ではピアノトリオの相棒スコット・ラファロの事故死。10年間同棲してビルを支えた恋人エレインの自殺、尊敬していた兄ハリーの自殺。

栄光の絶頂から奈落の底へ、起伏の激しい人生。残したアルバムは60枚。どれもが傑作で駄作が一枚もない。

自分の音楽を完成させるために悪魔に残りの全てを捧げたような人生は51年間で燃え尽きることになる。

彼のおかげで我々は永久に「ワルツ・フォー・デビイ」や「マイ・フーリッシュ・ハート」を楽しむことができる。

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(2019.5.13)



---洲崎パラダイス赤信号---


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1年遅れの川島雄三監督生誕100年記念上映である。滅多に見ることのできない川島雄三監督の作品9本が神保町シアターで上映されている。

今日の作品は芝木好子原作「洲崎パラダイス赤信号」である。主演は新珠三千代、轟夕起子、三橋達也。助演は河津清三郎、小沢昭一、芦川いづみ。

勝鬨橋の上でもつれ合う男女。行き場のない二人が言い争っている。責める女新珠三千代と責められる男三橋達也である。

二人はそこからバスに乗り、降りたところは洲崎弁天町。橋を渡ると遊郭のある街である。

「洲崎パラダイス」と書いたネオンがかかっている橋のたもとに一軒の飲み屋がある。飲み屋とは行ってもカウンターの前に座れる人数は3人、詰めて5人。そこの女将が轟夕起子である。

主な舞台はこの小さな飲み屋である。そこで繰り広げられるドラマは男と女の普遍的な関係である。

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元娼婦の新珠三千代と優柔不断な甲斐性なしの三橋達也。新珠三千代と電気屋の主人河津清三郎。三橋達也と蕎麦屋の娘芦川いづみ。轟夕起子と音信不通だった亭主植村謙二郎。4組の男女が繰り広げる人間関係は太古以来不変的な関係だろうと思う。

主役の3人の演技は彼らの経歴の中で最高のものではないだろうか。女と出て行った亭主が4年ぶりに帰ってきた時に轟夕起子が見せる表情の変化。優柔不断な駄目男を演じる三橋達也の表情。駄目男と知りつつも別れられない新珠三千代の目の表情。この映画で彼らは役者が表現することのできる最高のものを成し遂げたと思う。

脚本、演出、俳優の三拍子揃った傑作である。

川島雄三監督作品では「幕末太陽傳」が有名だが、筆者はこの映画が最高傑作であると思う。

(2019.5.10)



---貸間あり---


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1年遅れの川島雄三監督生誕100年記念上映である。滅多に見ることのできない川島雄三監督の作品9本が神保町シアターで上映されている。

今日の作品は井伏鱒二原作「貸間あり」である。主演はフランキー堺、淡島千景。

助演には乙羽信子、小沢昭一、桂小金治、加藤武、益田喜頓、清川虹子、市原悦子、浪花千栄子、山茶花究、渡辺篤が出ていた。

川島雄三監督の喜劇ということで期待して見に行った。期待ハズレだった。

ただのドタバタ喜劇ではないか。俳優が変な格好で滑ったり転んだりして無理に笑わそうとするのを見て笑えるものではない。小さい子供ではないのだ。このような豪華な俳優を使って馬鹿馬鹿しいドタバタをやらせるのは資源の無駄としか言いようがない。

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俳優は素晴らしかった。淡島千景、乙羽信子の可愛らしさ、清川虹子の怪演、小沢昭一の狂演、益田喜頓の奇演。それにいつも存在感が只者ではない浪花千栄子。

フランキー堺と桂小金治の観客をバカにしたような猪口才な演技は好きではない。

興味深かったのは舞台となったアパートである。通天閣が見える高台にある。貴族のお屋敷をアパートに改造したような迷路のような建物であった。川島監督は迷路のような家が好きらしい。

迷路のような家のなかで達者な俳優たちに得意な演技をさせて喜劇を作ろうとしたらしいが脚本が陳腐すぎた。井伏鱒二の原作はこんなものではないだろう。

(2019.5.8)



---女であること---


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1年遅れの川島雄三監督生誕100年記念上映である。滅多に見ることのできない川島雄三監督の作品9本が神保町シアターで上映されている。今回は「幕末太陽傳」はないが名作「洲崎パラダイス 赤信号」がラインアップされている。

今日の作品は川端康成原作「女であること」である。主演は原節子、久我美子、香川京子の女優陣に対して森雅之、三橋達也、石浜朗の男優陣である。

助演には芦田伸介、菅井きん、丹阿弥谷津子、山本学が出ていた。

豪華俳優陣に惹かれて見に行った。特に原節子と森雅之。彼らの鬼神の演技を目にして以来、観に行かずにいられない。

部分的にはうなるよう演技を観ることができたが全体としてみると「 ? 」を付けざるを得なかった。登場人物の性格に統一性が欠けていたように思う。主演の一人香川京子の性格は幼いのかしたたかなのか不明であった。田中澄江、井出俊郎、川島雄三という3巨匠が脚本を担当していたが、3人とも自分の意見を譲らなかったのではないか。

事実上の主演俳優は久我美子であった。森雅之、原節子、香川京子の平穏な生活に彼女が闖入してくることによって様々なことが起こる。ジョーカー的な役である。

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時にはコケットリーに時には天使になり縦横無尽に躍動する。久我美子では役不足であった。彼女では印象が生真面目すぎる。この役は岸恵子か岡田茉莉子がやればハマったのではないか。加賀まりこなら最高だが時代が違う。

興味深かったのは森雅之と原節子が暮らしている家である。はじめに原節子が寝室から現れるところの位置関係が奇妙であった。ベランダの途中から寝室に入れるようになっていた。俳優たちが家の中を何度も行ったり来たりするうちに徐々にわかってきた。まず玄関が一番上にある。玄関に入って階段を降りると寝室があり、茶の間があり、書斎がある。風呂場は玄関と同じフロアにあった。川島監督のこだわりなのか、迷路のような家であった。

無口で2枚目なおじ様役になる前の芦田伸介が出ていた。アクの強い関西弁を喋る下品なおじさん役であった。当たり役を見つける前の俳優はいろんな役をやっているものである。

ちなみにばあさん役になる前の菅井きんが出ていた。原節子の女学校の同級生役であった。この時原節子より6才年下であったらしい。

(2019.5.7)



---バイス---


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ウイークデイの12時35分、映画館はほぼ満席である。周りはサラリーマンらしき男性ばかり。女性は極端に少なかった。

と前置きは潜水艦映画と同じである。

結果は「 ? 」であった潜水艦映画と反対に文句なしの「 ◎ 」であった。

さすがアカデミー賞に8部門ノミネートされた作品である。それも作品、監督、脚本、主演男優、助演男優、助演女優、編集、メイクアップというのだからすごい。

全て取ってしまっても不思議でないほどよくできた作品であった。特に主演男優のクリスチャン・ベールは外見がディック・チェイニーそっくりであっただけでなく時間が経つにつれて彼の表情に引き込まれてしまうほど迫力のある演技だった。

モデルになったディック・チェイニーは世界貿易センタービルを攻撃された時のアメリカの副大統領である。その時の大統領は息子ブッシュであったが彼は知る人ぞ知る無能な大統領である。

その時に行った数々の超法規的な措置は全てチェイニー副大統領の指示であった。

本来は大悪人のはずなのだが家族思いで実務的なチェイニーを見ているとそうは思えなくなってくる。むしろ国の尊厳を守るためには目的のためには手段を選ばないタイプの方が頼り甲斐があると思えてしまう。

潜水艦映画とどちらを観ようかと迷っている方、こちらをお勧めします。

(2019.4.19)



---ハンターキラー 潜航せよ---


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ウイークデイの12時50分、映画館はほぼ満席である。周りはサラリーマンらしき男性ばかり。女性は極端に少なかった。

久々の潜水艦映画である。

過去潜水艦映画といえば「眼下の敵」「レッドオクトーバーを追え」「Uボート」「U-571」いずれも名作ばかり。潜水艦映画に駄作なしというのが合言葉であった。

さてこの「ハンターキラー 潜航せよ」はどうであったか。「 ? 」であった。

ご都合主義が目立った。絶体絶命の状況の中で逃げ場のない閉塞状態に置かれるからハラハラするのに。

駆逐艦に追い詰められて限界ギリギリまで潜行して、海水が漏れ出し、それでも上昇すればやられる。艦長も船員も脂汗を流しながらしのぎを削る。

そのようにならない。絶体絶命の状態になってもなんとなくしのげてしまう。艦長も船員もそれほど切羽詰まった表情にならない。

クライマックスでは敵の巡航ミサイルが当たりそうになってもなんとなくしのいでしまう。なんであれが当たらないんだ。

製作者は定石に忠実に潜水艦映画を作って欲しい。

(2019.4.16)



---山椒大夫---


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1954年公開の溝口健二監督作品である。出演:田中絹代、香川京子、進藤英太郎、花柳喜章。

原作は森鴎外の同名の小説である。

パンフレットには "ゴダールら海外の映画人にも影響を与えた不朽の名作、溝口は本作で「世界のミゾグチ」になった" と書いてあった。

素晴らしい映像でモノクロの映画としては世界でも最高水準ではないかと思った。

進藤英太郎扮する山椒大夫のイメージは我々の期待の上を行くものであった。奴隷役の老婆のメイクや動きのイメージも筆者の意表を突くものであった。

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ただ、厨子王になった花柳喜章が小太りで10年間奴隷の生活を送ったようには見えなかったし、母親役の田中絹代も片足が不自由になったり、目が見えなくなったり、津波にさらわれたりと散々苦労した割にはふっくらした顔をしていた。

他の役者の造形が見事であっただけに残念であった。

溝口監督は映像に細心の工夫をこらした割には脚本は「安寿と厨子王」そのままでなんら工夫をしていない。外国人にはそれでもいいが、子供の頃から絵本等でこの話に慣れ親しんできた筆者には物足りなさが感じられた。

(2019.3.20)



---青べか物語---


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1962年公開の東京映画作品である。出演:森繁久彌、東野英治郎、左幸子、加藤武、山茶花究、乙羽信子、左卜全。

原作は山本周五郎の同名の小説である。

小説は著者の視点から見た浦安の街と人々の様子が描かれている。映画もそれに習って小説家役の森繁久彌のナレーションで進んでいく。

映画も小説同様猥雑で生活力に満ちた浦安の人々を描いている。小説はどこか詩情があるが映画は画像で全て見えてしまうため猥雑感、生活感に満ちている。

それでも左卜全扮する定年退職した17号船の船長のエピソードは映画ならではの詩情に満ちたものだった。葦の原の中に停船する船の中で昔の恋人のことを語る老船長の言葉とそれに重なって手を振る昔の恋人の姿は印象に残る。回想で恋人役に扮した女優はウルトラマンのフジ・アキコ隊員、桜井浩子であった。60才以上の人は別の感慨があるのではないだろうか。

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女房孝行の男に扮したのは山茶花究、その女房は乙羽信子。昔酒乱で10年間女房にDVをふるった男の話は涙を誘う。

狂言回し役の東野英治郎と加藤武はオーバーアクション気味の達者な演技で画面を躍動させ、小説家役の森繁久彌は抑えた演技で画面を引き締めた。

監督は1956年「洲崎パラダイス赤信号」、1957年「幕末太陽傳」を発表した名監督、川島雄三。この映画を発表した翌1963年心不全で急死した。享年45才であった。

(2019.3.19)



---ある落日---


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1959年公開の松竹作品である。出演:岡田茉莉子、森雅之、高橋貞二。

大学を出たばかりの女性(岡田茉莉子)が47才の妻のある会社社長(森雅之)に恋をし、1年半付き合った後別れるという典型的なメロドラマである。

監督の大庭秀雄はヒロイン岡田茉莉子のアップを一瞬の表情の変化も見逃さないとばかりに徹底的に追いかける。この時25才の岡田は女優人生の中で一番きれいな時だったのでは。多くの観客は話の中身はともかく岡田のアップを見ているだけで満足したのではないだろうか。

浮雲の演技で主演男優賞を取った森雅之もここでは受けの演技に徹していた。

特筆すべきは高橋貞二の演技だった。ヒロインに恋し、妻のある中年男との不倫に対してしつこいほどヒロインに意見をする男の役であった。

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彼は理屈の上に理屈を積み重ねてヒロインを説得する。実際には言わないような非現実的なセリフをとうとうと述べる。普通の役者がやったら観客は辟易してしまうだろう。それが高橋の独特のセリフ回し、独特の発声で言われると納得してしまう。彼は小津映画の常連俳優でもあるが、小津も彼のセリフ回しを気に入っていたのだろう。

高橋貞二はポスターでは岡田茉莉子の次に大きく出ており、映画は真っ直ぐ続く線路を岡田と一緒に歩くシーンで終わっている。

映画の公開された年、1959年11月3日交通事故で不慮の死を遂げた。享年33才であった。

(2019.3.18)



---東京の恋人---


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1952年公開の東宝作品である。出演:原節子、三船敏郎、森繁久彌、清川虹子、飯田蝶子、小泉博、杉葉子、藤原鎌足という豪華メンバーによる人情喜劇である。

小津作品以外の原節子、黒澤作品以外の三船敏郎、同じ東宝所属でありながら共演は考えられない三船と森繁の取り合わせ。非常に興味深い作品であった。

意外に軽やかな原節子、喜劇もこなせる三船敏郎を発見した。笑いを取るのが巧みな森繁久彌と明るい役柄のはずなのに難しい表情の小泉博は想定内の演技であった。

飯田蝶子と藤原鎌足それに河村黎吉は発見することができなかった。

映画の中で何度も開閉をする勝鬨橋の風景は懐かしかった。
土むき出しで舗装されていない銀座のメインストリート、日劇の丸い建物、だだっ広い新宿、渋谷あたりの風景、全て懐かしかった。

(2019.3.14)



---浮雲---


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原作:林芙美子、監督:成瀬巳喜男の日本映画史に残る名作である。1955年制作のモノクロ画面であるが4Kデジタルリマスター版のため画面はきれいだし音声も正常である。

主演は高峰秀子と森雅之である。高峰秀子のもの憂い投げやりな演技と森雅之の自然体の演技がきっちり噛み合って見事なアンサンブルを表現していた。

森雅之は黒澤明監督の「羅生門」と「白痴」の作り込んだ役でしか見たことがなかったが今回は見違えるほど自然体の演技であった。

奥さんがありながらなんとなく高峰秀子扮する同僚と関係を持ち、旅先では岡田茉莉子扮する人妻と関係を持つ。関係を持っては女のところに転げ込んで生活する。

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生まれながらのジゴロの役を自然体で演じている。どうやら実際の森雅之もそういう人であったらしい。

森雅之は作家有島武郎の息子で叔父に有島生馬や里見とんがいる。父親の有島武郎は雑誌記者と心中したことで知られている。当時の作家の中では一番の男前と言われた人である。

作品は高峰秀子と森雅之の付かず離れずの関係をえんえんと追いかける。最後は旅路のはて屋久島で息絶える高峰秀子に取りすがって泣き崩れる森雅之のシーンで終わるが、それまでの流れからするとこの男はすぐ立ち直って新しい女を追いかけるだろう。

(2019.3.12)



---運び屋---


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原題は「The Mule」、「ロバ」「頑固者」「運び屋」の意味である。毎年のように新作を発表しているクリント・イーストウッドの作品である。今回は監督の他に主演もしている。「グラン・トリノ」以来11年ぶりだそうである。

デイリリーという花を栽培して生計を立てている90才の老人が今回のイーストウッドの役である。デイリリーというのはユリ科の花で、咲いた花は1日足らずで萎れてしまうという繊細な花である。

栽培に熱中するあまり家族のことは構わない。結婚記念日は忘れるし、娘の結婚式にも出ない。当然家族からは白い目で見られている。

ある年税金が払えなくなり家と敷地を差し押さえられてしまう。知り合った麻薬の売人から運び屋をやらないかと誘われる。一度やってみたところ簡単にすみ、大金が手に入った。

あまりに簡単に金が手に入るので本職の運び屋になってしまう。ある時運びの途中で孫から電話が来て妻が危篤だという。麻薬を今日届けなければ自分の身が危ない。さて…。

仕事を優先したばかりに家族から白い目で見られている老人。娘からは12年間、口をきいてもらえない老人が取った行動は…。

88才のクリント・イーストウッドが監督・主演をした映画。しわだらけで背中が丸くなった老いぼれの老人がメチャクチャかっこいい。

ちなみに12年間父親と口を利かなかった娘役をやったアリソン・イーストウッドはクリントの実の娘である。

(2019.3.11)



---シングルマン---


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原題も「A Single Man」である。主演はイギリスの名優コリン・ファースである。彼はこの映画で2009年度の英国アカデミー賞主演男優賞を受賞している。助演はジュリアン・ムーアで彼女はこの作品でゴールデングローブ賞助演女優賞にノミネートされている。

コリン・ファース扮する大学の教授が恋人(男性)を交通事故で失い、自殺をする準備をする。それに気づいた教え子の男性が教授の家を訪れる。何気なく教授のピストルを取り上げ寝てしまう。気づいた教授はピストルをそっと取り上げ机の中にしまう。そして…。という単純な話である。

亡くなった恋人が男性で、教授を救おうとする教え子の男性がなんとなくゲイっぽいところがこの映画の勘所だろう。

北千住

教え子役のニコラス・ホルト、街で知り合うゲイっぽい男性役のジョン・コルタジャレナ、亡くなった恋人役のマシュー・グッド、いずれもそれっぽい人たちで魅力があった。ゲイの男性って表情が繊細で魅力がある。

主演男優賞を取ったコリン・ファースはどこから見てもゲイだった。

映画を開催している北千住の東京芸術センター2Fにあるシネマ・ブルースタジオはスタジオ風の作りで映画館らしくなかった。スクリーンの下に大きいスピーカーが4台おいてあり、音に対するこだわりを感じた。

(2019.3.1)


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