小津安二郎最後の作品である。1962年作、カラー作品。主演は笠智衆。
笠智衆扮する初老の男(地位は高い、会社の部長以上)の環世界を描きながら、同時に嫁ぐ娘を送る父親を描く。
主人公は3つの世界の中で生きている。ひとつは会社における重役としての世界。ひとつは学生時代からの友人3人の世界。ひとつは家族(長女と次男)に囲まれた世界。
主人公は酒を飲む。友人たちとは料亭の座敷で、一人で飲むときは場末のバーで。
平穏無事な世界は長女の結婚問題から揺らぎ始める。長女と次男と自分が暮らしていた世界から長女が嫁いでいく。結婚式の晩酔って帰ってきた主人公はひとり台所で水を飲む。
淡々とした映画なのに自分が主人公になったような気持ちになる。笠智衆は大げさな演技や説明的なセリフは一切しない。アメリカ映画の名優(たとえばヘンリー・フォンダ)のように体全体で演技する。ただ水を飲んでいるだけのシーンなのに泣いているように感じる。
岩下志麻扮する娘が花嫁衣装のままひざまづいて父親に挨拶するシーン。ありきたりのセリフは一切ない。ひざまづいた岩下に対して父親の笠はしゃがみこんで「わかった、わかった。もうよい。さあ、行こうか」という。岩下に一言も言わせず、涙も無い。
俳優たちが大げさな演技をしなかったせいで、こちらが恥ずかしい思いをしないばかりか、画面の父親の代わりに感極まってしまった。
小津監督の演出は全編にわたって的確で一瞬の崩れもない。
(2018.12.27)
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