評判の若手落語家を聴いた。平均年齢の高い落語会で38才というのはかなり若い。
前座の後登場した一之輔は年齢不詳の感じがした。若いといえば若いし、どちらかというと年配かな、という印象を受けた。噺が始まったらむしろ枯れた芸を感じた。
笑うと若さが出るのを警戒してかあまり笑わない。4年前21人抜きで抜擢され真打になったので他の落語家を警戒しているのかもしれない。同じ春風亭の小朝が36人抜きで真打になった時先輩たちからかなりいじめられたらしい。人の住む世界はどこでも同じようなものである。
とっつきの「鈴ヶ森」は追い?ぎの親分と子分の会話が馬鹿に面白かった。この人の「間」は独特である。話と話の間がおかしい。想像力を刺激されるからかもしれない。そういう話し方ができるというのは天性のものであり落語家向きの素質を持って生まれたのかもしれない。
「天狗裁き」、これも八公と女房の会話がおかしい噺だった。見ない夢を説明できるはずないだろう、と言うが女房は信用しない。そこに来た隣のクマ公が女房を自分の家へ追いやり、女房に話せなくても俺になら話せるだろう、と迫る。そこへ大家が…。
「茶の湯」、これも二人の会話から始まる。根岸の里に隠居所を建て小僧の定吉を連れて隠居した大旦那がなんとなく物足りない。何かやりたいなー、そうだ茶の湯でも、と思い立ち茶の湯を始めるという話。
これがとんでもない茶の湯で…。何も分からない二人が相談しながら進めるのだからまともなものになるわけがない。しまいにはお茶の会が秘密結社みたいになってしまう。
二人の会話がエスカレートしてとんでもないところへ行ってしまう、という噺3題になったが一之輔はそういう噺が得意なのかもしれない。期待できる若手というより実力派の中堅といった趣の落語家であった。
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