今年最後の山下洋輔のコンサートだ。東京文化会館 プラチナ・シリーズと題されたコンサートシリーズの第1回目となる。第2回目以降は錚々たるクラシックの演奏家たちが並んでいる。堀米ゆず子、ミッシャ・マイスキー、仲道郁代、等々。<奇跡の音響>と称されるクラシックの殿堂での初頭を山下洋輔がやるとは…。
本人がMCで言っていたが、山下が初めてここの大ホールで演奏したのが1986年だった。ジャズの演奏家がここで演奏するのは初めてのことでかなり警戒されたらしい。壊されるんじゃないかと備え付けのピアノを使用することは許されず、自分のピアノ持ち込みによる演奏だったそうだ。リハーサル室のピアノにも鍵がかかっていて使用できない状態だったらしい。
筆者はたまたまそのコンサートを聴いていた。素晴らしい演奏に感動した記憶がある。
1999年以降、文部大臣賞や紫綬褒章その他数々の賞を取り、お堅いクラシック畑の人たちにも認可されたということだろう。
今回はそのクラシックの会場ということでいつもと様子が違う。CDを買った人へのサイン会は会場内ではなく楽屋口で行うという。クラシックのしきたりらしい。終了後の曲目紹介の紙も張り出されていなかった。したがって印象に残った曲だけを紹介する。
最初の曲は山下が仲代達矢、八千草薫主演の映画「ゆずり葉の頃」のために作曲した「ゆずり葉」という曲。どこか懐かしい感じがする曲だ。映画公開時には行ってみたい。
山下作曲の「ピアノ五重奏曲第三番」は本来ピアノ、ヴァイオリン、ビオラ、チェロで演奏するらしいが、今日はそれをピアノひとつで演奏した。まるでピアノ1台で他のすべての楽器を兼ねてしまったように聞こえた。ピアノってこんないろいろな音を表現できる楽器なのか、と改めて思った。特に左手で低音部のリズムをゆっくりと刻みながら右手で速いメロディを流れるように弾く部分では体が自然に動き出してしまった。
前半最後の曲、「仙波山」は昔からやっている曲で懐かしかった。トリオでガンガンやるのも良いがソロでやる「仙波山」もしみじみして良い。
後半のバッハ作曲「無伴奏チェロソナタ(ヴァイオリン協奏曲入り)」はバッハ作曲のジャズといっても良い位自然だった。山下洋輔がMCでアメリカの黒人奴隷がバッハを聴いてジャズを作ったのではないか、と言っていたが半分以上本気だったのではないか。
中に挟んだ小唄のような小曲「ブルー・クリスマス」が良かった。途中崩すことなく素直に弾いた曲は心に残った。マイルスもどこかでこの曲を演っているらしい。あのすすり泣くようなトランペットでも聴いてみたい。
ラストは定番「ボレロ」だ。いつ聴いても心が躍る。山下のソロ・コンサートは最後は必ず「ボレロ」だが、その都度微妙に違う。今日のは途中がこってり、最後があっさりだった。
アンコールの「枯葉」は最初のソロ・アルバムに入っているほど古くから演っている曲だ。その時々の山下の心境が出ていてどの演奏もおもしろい。今日のは少し激しいところが出ていた。時には神妙になるくらい内省的な演奏をすることもある。
650名収容のこの会場はピアノ・ソロ・コンサートを聴くにはちょうど良い大きさだ。PA無しのピアノの音がこんなに大きく、こんなに厚みのある音だったのかと改めて認識した。右手と左手の音がはっきり聞き取れ、時には数台のピアノが鳴っているのではないかと思うくらいたくさんの音が聞き取れた。今年最後の舞台鑑賞にふさわしい豊かなコンサートであった。
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