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田辺いちかの会

開口一番の神田おりびあは情景を説明することなし、台本を読むだけの高座で、聴いている方は辛い15分間であった。

開口一番に続いてにこやかに出て来たいちかさんはごく普通の口調で語り始めた。それだけで観客の空気は温かいものに包まれたようになごんだ。ユーモアいっぱいのまくらに続いてごく自然に「長短槍試合」に入っていった。

織田信長の前で槍の名人宇和島主水と素人の木下藤吉郎が武芸談義をする。槍同士の戦いでは長い方が有利か、短い方が有利か。

主水は短い方が自由自在に使えて便利だ、といい、藤吉郎は長い方が先に相手に届くので有利、と述べる。今でいうソフトとハードの戦いだ。使い勝手をとるか、物理的に有利な方をとるか。ならば足軽100人を50人ずつに分けて戦わせてみよ、ということになる。

田辺いちかの会 演目

結果はハードが勝つのだが、ここには落とし穴がある。ソフトは技術だから熟練を要するのだ。3日間で仕上げるのは所詮無理なのだ。主水の希望通り、100日間かけて仕込んだら結果はどうなったか。その辺にのちの秀吉、木下藤吉郎の機知と狡さがかいま見えて興味深かった。

次は本日のいちかさんのネタおろし、「維納(ウィーン)の辻音楽師」。講談では珍しい舶来ものだ。時は19世紀、ナポレオンが活躍した時代。貧しい辻音楽師エベルトが愛犬トライエルを連れて街角でヴァイオリンを弾いている。へたな演奏に道ゆく人は見向きもしない。宿代は6日分も溜まっている。ある時、エベルトの前にひとりの青年が立っていた。そのヴァイオリンを弾かせてくれないか、という。青年はヴァイオリンを見事に弾きこなし、今までにない音色を響かせた。みるみるうちに人々が集まって来て、・・・。

ウィーンの辻音楽師

原作は19世紀オーストリアの劇作家グリルパルツァーの短篇小説「ウィーンの辻音楽師」。原作の舞台と主人公をそのまま利用して、話の中身はほとんど創作でこの話を作ったようである。あまり知られていないオーストリアの作家、しかも小説は生涯2つしか書かなかった劇作家の作品をよく拾い上げて来たものである。

トリは「名医と名優」。時は江戸時代、半井(なからい)源太郎という眼科医と歌舞伎役者中村歌右衛門の友情物語である。悪役として登場する御家人土方縫殿助(ひじかたぬいのすけ)も最後に男気を見せる。「男の花道」という演題でも知られている。

いちかさんはいわゆる講談調に声を張り上げることはない。たんたんとせつせつと読み上げながら話を盛り上げてゆく。気づくと200人の観客全員がかたずを飲んで聴き入っている。一世を風靡した神田松之丞の対極にいながら、いつのまにか松之丞=伯山を追いかける一番手に位置しているのは彼女なのではないだろうか。

 

(演目)
   ・甲越軍記 和談破れ----- 神田おりびあ
   ・長短槍試合----- 田辺いちか
   ・維納(ウィーン)の辻音楽師----- 田辺いちか
   ・仲入り
   ・名医と名優----- 田辺いちか

                   
(時・場所)
 ・2023年12月12日(火)
 ・18:45〜20:35
 ・日本橋社会教育会館



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