オーケストラ・ゾルキーはチャイコフスキーの「マンフレッド交響曲」を演奏するためだけに企画された楽団である。2020年1月に公演を成し遂げ、解散する予定であった。ところが、内外の情勢が変化し、「チャイコフスキーの音楽の中でも最も深い絶望に彩られたマンフレッド交響曲を表現すべく、私たちはこの真っ黒な音楽に向き合い。そしてやり切った、はずだった。し かし、その後の未曽有の日々を過ごし、今なお不安の時代を生きる今の私たちは、2020年1月の会よりさらに深い負の感情を表現できるようになったのではないか?」と考え、「マンフレッド交響曲と並び、チャイコフスキーの交響曲の中で最も負の感情に溢れた彼の遺作、交響曲第6番「悲愴」の慟哭の響きを借りて、私たちは本日、この現代の日々に渦巻く不安や苦悩を、絶望の音色で代弁しようと思います」という思いから、本日の演奏会が開催されることになった。
オーケストラ・ゾルキーは本日ワン・タイム・パフォーマンスとしての演奏会をミューザ川崎シンフォニーホールという素晴らしいホールで行った。筆者も含めて、本日の観客は素晴らしい一期一会に遭遇することができた。
「イタリア奇想曲」、開始直後のトランペットおよびその他の管楽器によるファンファーレはコンサートの幕開けにふさわしく華やかに鳴り響いた。チャイコフスキーらしいスラブ的な曲である。
幻想序曲「ロメオとジュリエット」、陰鬱な曲想で始まるが中頃からメロディ・メーカーとしてのチャイコフスキーらしい親しみやすい曲になる。
交響曲第6番 ロ短調「悲愴」、コントラバスとバスーンによる地獄へ案内されるようなおどろおどろしい曲想から始まる。長い第1楽章で数種類のテーマが出てくる。それらはやがて第2、第3楽章で展開される。短めの第二楽章は軽やかなワルツである。午後のひとときに飲む一杯の紅茶のような曲である。
第3楽章はティンパニ、大太鼓、シンバル、ドラが鳴り響き、派手やかな祝祭の音楽となる。「ポパイ」に出てくる「オリーブ」のような細身の女性が4つのティンパニをすごい迫力で叩きまくった。サビの部分でそれまで指揮棒を振るっていた指揮者が演奏を聴き入るように動作を停止し、うつむいていたのが印象的であった。
案内された地獄はこんな様子かと思われる陰鬱な第4楽章。霞が消え去るように終曲となる。観客もシーンと静まり返り、拍手が鳴り始めたのは約1分後であった。
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