隅田川馬石、蜃気楼龍玉兄弟独演と銘された会の弟の会はお江戸日本橋亭の夜席に行われた。初めて聴く龍玉はどんな落語家なんだろう。
背が高い。いかつい顔は冗談が似合いそうもない。はたしてまくらは面白くなかった。面白いことを言おうとしているが面白くならない。観客からは失笑がもれる。これで面白くなるのか。
先ずは「鰻屋」。鰻を裂く職人がいないからと丸ごと焼く鰻屋。申し訳ない、と酒とツマミをタダにしてくれた。味をしめた八公は…。最後は鰻をつかんだ主人が梯子をかけろとか椅子をどかせとか叫びながら外に出ていく。どこへ行くんですか? 前に回って鰻に聞いてくれ、というオチ。笑った。
この落語家は口先で笑わすのではなく、顔の表情や仕草で笑わせる。本人が本気でやればやるほど見ているものはおかしくなる、というタイプだ。
タイプがわかったらそれに乗っかっていけばいい。次は「夏どろ」。落語には間抜けな泥棒ものが数多くある。これもそのひとつ。泥棒が空き巣に入ったら男が寝ている。匕首を突きつけて金を出せと脅すと、男は殺してくれ、と頼む。泥棒がどういうことだ、と聞くと…。結局空き巣に入った泥棒が入られた方に金を恵んでやらざるを得なくなる。泥棒の表情と開き直った男の表情がおかしい。
仲入りをはさんで今日のトリはチラシにも出ている「やんま久次」。今日の会の主旨、兄弟独演会にちなんだ賢兄愚弟の噺だ。兄は旗本の跡継ぎで実直な男、弟は居候に耐えきれず家を出て博打打ちになっている。一文無しになった弟は兄にたかりにくる。居合わせた剣術の師匠が兄とともに弟を打ち据える。3両の金をやり、真人間になれよと諭したのち追い出す。弟は泣きながら改心します、真人間になります、と言いながら出ていく。
ここからが凄い。下を向いて泣いているかに見えた弟の久次がゆっくり上を向くと鬼のような形相に変わっている。おまえらのような者は朝顔に水をやったり金魚に餌をやったりするのがいいところだろう。俺は毎日命を張って生きているんだ。うまくいけば天国、やり損なえば地獄だ。おまえらには一生かかってもわかりはしめえ、べらぼうめ。という凄みのある捨て台詞で終わる。
龍玉の迫力のある捨て台詞に体が震えた。悪人の高笑いのようなことばで終わったのになぜかこころは清々しくなっていた。
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