神田松之丞  一覧へ


チラシ

「村井長庵」全12話を4日間かけて通しで読み上げるという会である。演者は神田松之丞。今一番乗っている講談師である。

最近たまたま別の会で松之丞の「雨夜の裏田圃」を聴いていた。あまり間をおかずにあの話を聞くのは辛いな、と思いながら連休最終日の夜、新橋の内幸町ホールへ行った。

いつもは人で賑わっている新橋の地下街、今夜は閑散としている。だが内幸町ホールに近づくとそこだけ人だかりがしている。松之丞の人気は本物だ。

幕が開く前、おきまりの場内アナウンス。「携帯電話の電源を元からお切りください」「場内での飲食はご遠慮ください」「メモを取らないでください」ん?。「居眠りをして頭をガクッとしないでください」「居眠りをしてもいびきをかかないでください」「隣の方と見つめ合わないでください」ん??。いつもの場内放送ではない。これは演者から見た禁止事項ではないか。

演目

イントロダクションで概要の説明をした。そのなかでひとこと「江戸の閉塞感」というキーワードを投げかけてくれた。街灯などのない江戸の夜、家の外は現代人が想像し得ないほど暗かった。士農工商の世の中、百姓に生まれたら一生百姓で生きるしかない固定された身分制度。個人の生活は存在しない。家とか家族とかに縛られて生きるしかない。

演目

「江戸の閉塞感」に対して「現代の閉塞感」はどうなの、と思った。連休最終日の午前総武線で1件、午後常磐線で1件人身事故があった。現代の我々の生活にも江戸時代とは種類の違う「閉塞感」が漂っているのでは。

今回は「江戸の閉塞感」ということばを頼りに聴いていこう、と思った。

全話聴いてみて初日の第一話から第三話までが一番ヘビーだった。長庵の悪逆非道ぶり全開の日だった。あとの三日間は大悪人長庵の出番はほとんどない。全体としては人情話だった。毎回「雨夜の裏田圃」みたいな話では客が来なくなってしまうだろう。初日にショッキングな話を持ってきて客を圧倒する。そのあとは人情話で客の同情心をあおる。それが客席を連日満員にする秘訣なのだろう。

演目

第四話目からは伊勢屋五兵衛の話になる。久八という孤児が伊勢屋に丁稚奉公に入り、立派な番頭に出世する。五兵衛には久八と同年輩の養子千太郎がいる。ある時千太郎が同業者に無理やり誘われ、吉原に連れて行かれる。そこで会った小夜衣という花魁が昔長庵に売られた姪のお小夜であった。この辺から因縁話になってくる。

「第六話 小夜衣千太郎〜なれそめ」という話は落語の「明烏」にそっくり。どちらが先だったんだろう。落語家が講談の面白そうな話にオチをつけたというのが順当ではないか。
松之丞は甘納豆を食べる仕草をしたがこれは八代目桂文楽の創作である。このシーンでは客席から笑いが起きた。

演目

久八と千太郎の話は第十話まで続く。

大団円は「瀬戸物屋忠兵衛(上)(下)」の巻。突然話の中に現れた小心者の瀬戸物屋忠兵衛がきっかけとなり、長庵は大岡越前守に捕えられる。

お白州の場面で長庵は開き直る。「俺は駿州江尻在大平村の水飲み百姓の生まれだ。おめえも俺のような生まれだったら俺のようになっただろうよ」
このシーンの松之丞は迫力があった。長庵の恨みが乗り移ったかのようだった。

演目

大河ドラマを見た気分、長編小説を読了した気分だ。次はどうなる、その次は…。いろいろな人物が登場し、いろいろな話が出会ったり食い違ったり、そして最後には全部つながる。別の人生を生きた心持ちがする。講談は連続ものがいい。

連休明けのウィークデーの真ん中の日。会場を出て家路に着く人の顔は皆満足げだった。


 

(演目)
   《村井長庵連続読み》----- 神田松之丞
イントロダクション 
第一話 お小夜身売り第七話 小夜衣千太郎〜長庵の語り
第二話 重兵衛殺し第八話 小夜衣千太郎〜久八放逐
第三話 雨夜の裏田圃第九話 小夜衣千太郎〜さみだれ噺
第四話 久八の生い立ち(上)第十話 小夜衣千太郎〜千太郎殺害
第五話 久八の生い立ち(下)第十一話 瀬戸物屋忠兵衛(上)
第六話 小夜衣千太郎〜なれそめ第十二話 瀬戸物屋忠兵衛(下)

                   
(時・場所)
 ・2017年5月7日(日)〜10日(水)
 ・19:15〜21:30
 ・内幸町ホール


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