開口一番のまん坊は熱演だった。熱演が面白さに繋がらないところが前座らしいところでもある。
はじめに松之丞が登場した。今日は最後の演目をCDに録音するのでそのつもりでいてほしい、と観客にプレッシャーを与えてから「山田真龍軒」にはいった。落語でいうところの前座噺に相当するのか、講談の会ではよく聴く話である。相変わらず汗を飛ばしながらの熱演で思わず話に入り込んでしまう。
次は鯉八で「長崎」。これも以前聴いたことがある。鯉八の女性はなんとかならないものか。全然色気も魅力もない。嫌な女でもそれなりに取り柄が欲しい。嫌な気持ちにしかならない女だ。男もなんとなく性格が卑しい。美男美女でなくてもいいからどこかに魅力のある人物でないと感情移入ができない。
仲入り前はおめあて三遊亭萬橘の登場である。どういう話しぶりの人なのか。
予想より痩せていて眼鏡をかけている。年齢は60才台に見えたが後で調べたら38才だった。まくらはふてくされたような風情で松之丞や鯉八の裏話をする。鯉八は法政大学の2年後輩のようだ。話ぶりはべらんめえ調で横山やすしのようだ。「疲れちゃったよう」といいながら高座であぐらをかいたのには驚いた。 噺は「時そば」。なんだ軽い噺を持ってきたな。
と思いながら聴き始めた。噺のテンポはやすし調で乗りやすい。噂話の間にそばができ、割り箸を割り、つゆをすすった。瞬間、ちょっと引き気味に聴いていた観客が身を乗り出した。自分も「おっ」と思った。通常はいきなりそばをたぐるところをつゆからというのが珍しいのと、つゆのすすりかたがうまいのだ。松之丞目当ての観客が萬橘やるな、と思った途端、萬橘のしぐさが変わった。「どうせ松之丞だろ」から「笑わせてやろうじゃねえか」に変わった。その後の萬橘はすごかった。手垢のついた噺をこんな新鮮な初めて聴くような噺にしてしまうのか。お腹がよじれるほど笑った。前後左右の客たちが皆爆笑していた。
仲入り後は三人の座談。とはいっても主役は萬橘。鯉八と松之丞による萬橘いじり、といったところ。そのくらい萬橘のリアクションはおかしかった。
この後はやりにくいだろう、と思ったがさすがは松之丞、一息で観客を自分の世界に招き入れてしまった。「雨夜の裏田圃」は「村井長庵」の第3話である。長庵の悪党ぶりが開花する場面だ。暗くて陰惨な話を一息に40分間語りこんだ。終わってみたら吉原田圃の薄暗がりの中、雨に濡れて佇んでいる自分がいた。
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