太福が吠えた。150人くらいの会場である。マイクは無し。肉声とは思えないほど大きい声だ。
本日の演目は清水次郎長伝より「稲葉の仇討」と「名古屋の御難」である。「稲葉の仇討」で太福は吠えまくった。悪逆非道な武居安五郎を甥の仙右衛門に討たせてやろうとする次郎長の活躍だ。正義感に溢れる次郎長に扮する太福は吠える吠える。そして唸る。その目はまるで次郎長が乗り移ったかのようだ。こちらを睨んだときは怖かった。
語りから節に入るとき、絶妙なタイミングで入る三味線の音、そして短い掛け声。今まで吠えていた太福はここで気持ちよさそうに節を唸る。見方によっては三味線に操られて語ったり唸ったりしているようだ。
威勢の良かった次郎長は追っ手に追われて名古屋に逃げてくる。連れは女房のお蝶と森の石松だ。元気なのは石松だけでお蝶と次郎長は体調を崩して元気がない。元気がないときの次郎長に扮した太福は実に頼りなげに見える。
語りと唸りの芸、浪曲は客の胸に直に響いてくる。落語が理性的で理屈っぽい芸能なら浪曲は感情的情熱的な芸能だ。
火曜日の夜、神楽坂は赤城神社の地下、約半数は女性客、うち半分が若い女性であった。
日頃トゲトゲした社会で生活していると夏の一夕濃い人情の渦の中でまどろむのは羊水に回帰したような安心感を覚える。
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